原点にして基礎!男の男による男のための映画(コルト)三連発! セルジオ・レオーネ監督『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』

『荒野の用心棒』(1964年・イタリア)
いわゆるマカロニ・ウエスタンはここから始まった。

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笑うのはやめたほうがいいぜ。俺の馬は笑われるのが嫌ぇだ。
自分が馬鹿にされてると思うんだな。
しかしお前等がここで謝ってくれれば、機嫌をなしておとなしくなるかもしれん。

あんまりにも恐れ多くて今更語るところを持たないが

敵との間に緊張感が増す。一触即発といった瞬間だ。黒澤の映画では無音でジリジリと迫る所だが、セルジオ・レオーネは「ピィィィィン」というマンガ的な効果音をつけて、場面をよりスリリングに仕上げている。そして起こる、怒濤の銃撃。『用心棒』を下敷きにしてはいても、やはり『荒野の用心棒』は『荒野の用心棒』として独立した、偉大な映画であるのだ。なおイーストウッドが顔をしかめているのは本人いわく煙草が苦手だから、とのこと。バクスター一家とロホス兄弟という対立する二つの勢力を潰し合わせて、残った悪党を一人で全滅させるというプロットから、あらゆるシーンにまで黒澤監督の『用心棒』が染みついているものの、両作をいちいち比較するのは野暮というものなので敢えてここでは試みないこととする。しかしセルジオ・レオーネ監督が黒澤監督の『用心棒』のエッセンスを取り込んだ結果、ハリウッド西部劇の模倣に過ぎなかったマカロニ・ウエスタンに特殊な化学反応が起こった。マカロニ・ウエスタンは、この『荒野の用心棒』をもって『マカロニ・ウエスタン』となったのである。それはやがて日本のテレビ時代劇にも波及する事にもなるが、これについてもここでは触れずにおく。撮影はスペイン、マドリッド近郊にあるミニ・ハリウッドで行われた。当初は他の映画で使われたままのセットを流用する形だったそうだが、美術のカルロ・シーミによって手が加えられた。この美術が果たした仕事もたいへん大きなものではなかったのかと思う。ホセ・カルヴォ演じる酒場の亭主。彼の家の二階バルコニーに上がるための手すりが、折れてガタガタになっている、という点で完璧主義者であった黒澤監督の『用心棒』とは既に趣を異にしているのだ。それまでの西部劇のセットが、水戸黄門が旅の途中で休憩する茶屋だと思って貰いたい。店はまるで昨日建てられたかのように綺麗であり、黄門様御一行の衣装も長旅にも関わらず小ぎれいで、足袋は真っ白だ。それに対するマカロニ・ウエスタンとは、木枯し紋次郎が立ち寄る、峠の茶店である。ボロボロで、いまにも崩れそうな店内にすきま風が入ってくる。出てくるのは汚らしいおやじだ。紋次郎の全身は埃と泥で黒く変色してしまっている。三度笠も破れ目だらけで、男の旅でなにかがあった事を示している。どちらがリアルかは一目瞭然である。東映の美術に対する大映の美術、まあ、つまり、カルロ・シーミはイタリアの西岡善信だということだ。(本当か?)まあ冗談はともかく、カルロ・シーミはこの後もレオーネと手を組み、『ウエスタン』では広大な西部の街を、『ワンスアポン・ア・タイム・イン・アメリカ』ではロウアー・イーストサイドの貧しいユダヤ人街を徹底的に再現させている。独特のポンチョをイーストウッドに着せたのも、カルロ・シーミであるらしい。

マカロニ機関銃の祖でもある

『続・荒野の用心棒』『続・荒野の1ドル銀貨』などでたびたび目にするマカロニ・ウエスタン独特の謎機関銃。ゆくゆくはこれが『子連れ狼』の乳母車マシンガンに発展することになるのだが、このマカロニ機関銃の祖といえるのが、本作でジャン・マリア・ヴォロンテが使う機関銃であろう。
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レンコン型の機関銃を見れば、これが不器用な形で『続・荒野の用心棒』に受け継がれたマカロニ・マシンガンである事がよくわかる。ジャン・マリア・ヴォロンテといえば左派俳優で『死刑台のメロディ』では冤罪のため電気椅子送りとなった実在したアナーキスト、バルトロメオ・ヴァンゼッティ役などで知られるお堅いイメージがあるが、マカロニ機関銃を持ってニヤニヤ笑っている姿だけを切り取るとすっごいバカに見える。いい。

ウィンチェスター銃VSコルトSAA

ジャン・マリア・ヴォロンテ演ずるラモンはウィンチェスターライフルの名手。『用心棒』における刀対拳銃という構図を、拳銃対ライフルに置き換えた両者の対決はクライマックスの最大の見所である。本作と『夕陽のガンマン』でクリント・イーストウッドが持っている、ラトルスネーク(ガラガラ蛇)の彫刻が施されたグリップつきのコルトSAA(シングル・アクション・アーミー)は『ローハイド』で使用していたものをそのまま持って来たという。
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しかし個人的に喝采したいのが、ダイナマイトの使い方。せっかく有効な武器として手に入れたのに、それを登場シーンのために吹っ飛ばすという豪毅さ。このけれん。セルジオ・レオーネ監督のダイナマイトの使い方は回を増すごとに(『ウエスタン』で一回お休みしたのち)派手になっていき、やがて『夕陽のギャングたち』のジェームズ・コバーン演ずる爆弾魔に結実してゆく。さて、黒澤明の呪縛から解き放たれ、独自の境地を確立したセルジオ・レオーネ監督は続く『夕陽のガンマン』においてもクリント・イーストウッドを起用。『荒野の用心棒』の続編、というよりは、これで培ったものを土台にして一から作り直した、セルジオ・レオーネ流の仕切り直し、或いは今風にいうならリブートをかけた作品となっている。

セルジオ・レオーネ流の演出、エンニオ・モリコーネの音楽との協奏。比類なき大傑作『夕陽のガンマン』(1965年・イタリア)

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『荒野の用心棒』の主人公、名無しの男(ジョー)は『用心棒』の桑畑三十郎よろしく、悪人をやっつけるために町に現れ、どこかへ去って行った。そこに金に対する執着心はなく、神性さえ窺わせるような人物造形になっていたが、今作は違う。冒頭から「これは賞金稼ぎの話ですよ」という説明文が入るのである。原題である「もう数ドルのために」クリント・イーストウッド演ずる名無しの男(モンコ)は賞金首を追いかける。ドル箱三部作においては、バックグラウンドを持たない主人公であるイーストウッドに対して、より人間的な欲求をもつ、もう一人の主人公が現れる。今作では、賞金首インディオを追い、イーストウッドと互いを出し抜きながら共闘関係を築く、ダグラス・モーティマー大佐である。演じるのは西部劇の悪役俳優であったリー・ヴァン・クリーフ。彼の登場から、賞金首ガイ・キャラウェイを仕留めるまでの十数分は珠玉の映画体験となるだろう。ウィンチェスター銃で撃たれたガイが「殺してやる!」と銃をぶっぱなすも、彼にはまったく当たらない。銃弾が飛んでくるなか悠然とコルトSAAに特製のストックをつける、モーティマー大佐の雄姿に男惚れしない男はいないだろう。

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7.5インチのキャバルリーにしてはちょっと長く、バントライン・スペシャルにしては銃身が短いような。しかし、とにかく男心をくすぐる場面。

お互い出し抜き、牽制し合いながらも、奇妙な友情を結ぶ、という点は『夕陽のガンマン』以降すべてのセルジオ・レオーネ監督作品に共通する、男の友情そのものの描き方である。『ウエスタン』しかり、『夕陽のギャングたち』しかり、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』しかり。

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帰ってきた「ラトル・スネーク」の男。「モンコ」という名前には不具者といた意味があるそうで劇中かれはめったに右手を使わない。

名無しの男(モンコ)とモーティマー大佐は偶然にも、同じ賞金首インディオを追いかける。モンコはその賞金額に、モーティマー大佐は「生死を問わず」という一文に釘付けとなる。その悪役インディオには再びジャン・マリア・ヴォロンテが配役されている。悪党としてのギラついた強烈なキャラクターの背後に、見事に人間的な情念を見え隠れさせている。映画は彼と、モーティマー大佐の過去をからめつつ、最後の対決へと導かれる。

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この映画で重要な小道具である、オルゴール付きの懐中時計。ここで描かれる三すくみ、というか三つどもえ的な立ち会いはこの後『続・夕陽のガンマン』で更に完成されたものとなる。しかし、とにかく、どこを取っても一流の娯楽映画で、『荒野の用心棒』では割とおとなしめだったエンニオ・モリコーネの音楽も、印象的なシーンに合わせてバンバン流れる。セルジオ・レオーネが『荒野の用心棒』で確立したものをとにかく全部ぶちまけた、というのが、この『夕陽のガンマン』なのではないだろうか。それくらい言ってしまっても構わないくらいの傑作である。私は世代的にこれをスクリーンでも、ましてテレビでも観た事がないが、前にDVDのアルティメット版を買って、はじめてこれを観たときの感動、衝撃といったらなかった。こんなに面白い映画がこの世にあったのか!? そして、それを更に上回るような映画があるというのか!?

それがドル箱三部作最後の作品『続・夕陽のガンマン』である。

善玉、悪玉、卑劣漢。金をめぐっての三つ巴!
ドル箱三部作有終の美!『続・夕陽のガンマン』(1966年・イタリア)

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おいブロンディ! お前は善玉なんかじゃねえ!!
薄汚い大悪党だあーッ!!

時代は南北戦争期。南軍で金貨を輸送していた部隊が北軍の襲撃を受け、男が一人金を隠して姿を消した。男の名はビル・カーソン。金のありかを巡って、善玉(イーストウッド)、悪玉(リー・ヴァン・クリーフ)、卑劣漢(イーライ・ウォラック)の三人が時に手を組み、時に出し抜き、火花を散らす。細かい説明など不要の男の映画である。前作でモーティマー大佐を好演したリー・ヴァン・クリーフが今度は金次第で依頼人すら殺すという恐ろしい悪党エンジェル・アイ役で出演。

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殺し屋エンジェル・アイ。モーティマー大佐のパイプも気になるが、彼のパイプも気になるところ。ピーターソン製に見えるが・・・。

クリント・イーストウッドと再共演しながらも、主人公とでもいうべきは卑劣漢のトゥーコ(イーライ・ウォラック)であり、イーストウッドもリー・ヴァン・クリーフも彼の引き立て役に回っていると言っても過言ではない。そのくらい今作のトゥーコは悪党ながらも魅力的なのだ。それは彼がいちばん人間臭いやつであるからだろう。その人間くささゆえに、劇中もっとも生き生きとしているのが、卑劣漢、トゥーコなのだ。

ただ好きなシーン、銃器店での一幕。

絞首刑の直前に縄を切って逃げ出し、賞金を山分けし合う、という事を続けていたブロンディ(クリント・イーストウッド)とトゥーコであったが、トゥーコ程度の悪党ではこれ以上値がつり上がらないと見たブロンディによって一方的にコンビは解散させられ、トゥーコは荒野に置き去りにされる。ほうほうの体で町までたどり着いたトゥーコが水の次に求めたのが、身を守るための銃であった。
zokuyuuhi3南北戦争期の名前も分からない沢山の銃器がならぶ。ガンマニアであったセルジオ・レオーネの趣味が全開しているようだ。ここでトゥーコはただ「リボルバーだ、リボルバーをよこせ」と言い、高級品の棚に移動する。
zokuyuuhi4そこから出てくるのはコルトM1851ネイビー、レミントン・ニューモデル・アーミー、といった時代設定に忠実なパーカッション(前装・雷管式)リボルバーの数々。
zokuyuuhi5トゥーコはここでコルト51ネイビーを分解し、精度の良いシリンダー、バレルを選り抜いて一丁組み上げる。
zokuyuuhi6ハンマーを起こし、シリンダーを回し、カチッ、カチッ、という音を耳元で確かめる。真似したくなる場面。

このあと「えっ?」となるのが、トゥーコが「カートリッジを出せ」と言う所。どうも彼はここで本来パーカッション式であったコルト51ネイビーをカートリッジ式に改造したようだ。だからこそ、後のシーンで、風呂につかりながら発砲できる訳である。なおブロンディの持つ51ネイビーもカートリッジ式になっている。
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金の隠し場所

ブロンディを探し出し、砂漠をさまよわせた仕返しをするトゥーコの目の前に、南軍第三騎兵隊の馬車がやって来る。中は死体だらけであった。だが、一人だけ、まだ息のある男がいた。20万ドルもの大金を隠した、ビル・カーソンだ。カーソンによれば、金はサッドヒル墓地のなかに隠しているという。「水が飲みたい」という彼のために水を取りに行くトゥーコ。その間にブロンディがビル・カーソンから金を隠した墓の名前を聞き出してしまっていた。カーソンは既に息を引き取っている。20万ドルを手に入れるには、さんざん砂漠を歩かせて衰弱したブロンディを回復させて、何としてでも聞き出さなければならない。
zokuyuuhi8おい、おいおい、ブロンディ、死ぬんじゃねえぞ! 友達じゃねえか、死なないでくれよ、おい!

トゥーコは南軍兵ビル・カーソンに扮して、南軍の検問を抜け、彼の実家であるアパッチ渓谷の伝道所を訪ねる。ブロンディが回復し、ようやく旅立とうというとき、トゥーコの兄パブロが帰ってくる。彼はここで父も母も既に亡くなったことを知らされる。兄は放蕩の限りを尽くしている弟を許しはしなかった。

馬車でトゥーコはいう「腹一杯だ。兄貴はいいやつだ。ここで一番偉いんだ。法王みたいなもんさ。兄貴は俺を引き留めてきたよ。ここには食い物でも何でもあるってね。友達も一緒に住めばいいと言ってくれた。兄貴は俺の事が好きなんだ。俺みたいな風来坊でも、いつでも温かいスープで歓迎してくれるのさ」

悲しい嘘に対し、会話を陰で聞いていたブロンディは「食事の後は葉巻に限るぜ」と言って、トゥーコに吸いかけの葉巻を渡す。やっぱり、この二人の関係は面白い。
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20万ドルを目指す二人の珍道中は、偶然出くわした北軍によって捕虜にされ終わりを告げる。捕虜収容所には、ビル・カーソンの収容を待っていたエンジェル・アイがいた。拷問にかけられたトゥーコは金が隠されたサッドヒル墓地と、ブロンディが墓碑銘を知っている事を吐いてしまう。エンジェル・アイはブロンディと手を組み、サッドヒル墓地を目指す。一方、トゥーコも逃走を図り、ブロンディと再合流。エンジェル・アイの手下どもを協力して倒す。エンジェル・アイは一人その場を逃れる。

南北戦争の影

南北戦争期が舞台という事もあり、南軍、北軍双方がそれぞれ悲惨な目に逢っていることがしばしば描かれている。南北戦争は決してこの映画のテーマではないものの、かなりのエキストラを使って、南北戦争の一部分を切り取ったような描かれ方をされ、それは専ら戦争の悲惨さ、酷たらしさを見せつけるようでもある。もっとも象徴的なのが、橋を守るために双方で大量の戦死者を出している、その現場だろう。ブロンディとトゥーコは行きがかり上、南軍と、それに北軍もが「絶対に死守すること」を命じられ、不毛な殺し合いを続けている橋そのものを爆破する。彼らが橋を壊すのは、対岸にいる南軍を撤退させてその向こうのサッドヒル墓場に向かうためであるのだが、「橋が壊れる所を見たい」といった北軍の指揮官、アルド・ジュフレ大尉の願いを叶えるためでもあった。反戦的とまではいかないまでも、その橋が爆破されるシーンは、「金が欲しい」「なにがなんでも生き抜きたい」という人間のあたり前な欲求の前に社会の全ての枷が外れたような痛快さがある。歴史的に南北戦争を描こうとする点では、これ以降のセルジオ・レオーネ監督の『ワンス・アポン』三部作に繋がる要素にも思える。危険なダイナマイト設置作業を進めるなかで、トゥーコとブロンディは情報を共有し合う。トゥーコは金のある墓地、サッドヒルの事を教えた。そしてブロンディは金が隠されている墓碑名を口にした。「墓の名前はアーチ・スタントンだ」

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エクスタシー・オブ・ゴールド

川の対岸、南軍が撤退した後で、ブロンディは死にかけの南軍兵を看取る。そしてそこで、お馴染みのポンチョを手に入れる。『ドル箱三部作』に明確な繫がりはないが、南北戦争期であり、彼らがいずれもパーカッション銃(カートリッジ式に改造されてはいるが)を手にしているという点で、時系列的には一番最初のエピソードと捉えることもできる。トゥーコは、ブロンディが南軍兵に気を取られている隙に一人サッドヒル墓場を目指す。エンニオ・モリコーネの壮大な『The Ecstasy of Gold』が流れる名シーンだ。

「ガンで来い」三つ巴の銃撃が奏でる最終楽章(フィナーレ)

アーチ・スタントンの墓を見つけたトゥーコに、ブロンディがスコップを投げつける。「掘れよ」
そこに、エンジェル・アイが登場し、スコップを投げつける。「一人より二人の方がいいだろう」
エンジェル・アイは穴を掘れとレミントン・ニューモデル・アーミーをブロンディに突きつけるが、ブロンディは「俺を殺したら金のありかが分からなくなるぜ」と言って、アーチ・スタントンの棺を蹴り開く。そこに金は入っていなかった。「本当に金が入っている場所をこの石に書く。欲しければ実力で取りに来い。決闘だ」

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ああ、終わってしまう。こんなにも楽しい映画が、もうすぐ終わってしまう。しかし、この決闘シーンはもはや様式美である。この先の展開はもうあたなになら分かっているはずのものである。ほっと、息をつきながらも、どうしても手に汗を握ってしまう。円形の舞台は『夕陽のガンマン』の再来でもあり、それを彷彿とさせるオルゴールの音楽も流れたりするんだから、興奮度はもう針が振り切れてしまうくらいだろう。

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果たして勝利する人間は誰か?

マカロニ探求の旅をするなら、これは避けて通れない映画だった。

以上、お粗末ながらもセルジオ・レオーネ監督による巷間『ドル箱三部作』といわれる三本の映画について語らせていただいた。私はこれらの作品の裏事情などについて詳しくはないし、あまりに当たり前の作品でもあるので触れるのが厄介な映画でもあった。しかし三作品を再び観返してみて、やはりその面白さは不動のものであることを確かめた。そして同時に思った。これは持っていなくちゃけない映画だと。一度コレクションの整理をした時にDVDも相当な数を売りさばいてしまったのだが、これは買い直さなければならないと思い、今回新たに手に入れた。人生でそういう映画と出会えるのはとても幸せな事である。さて、これでようやくマカロニ探求の旅をあらためて始められる。まだ観ていないDVDが十数本。欲しい物も沢山ある。まだまだマカロニ・ウエスタンからは離れられそうもない。長々とたいして中身のないことを語ってしまったが、うちに遊びに来た場合はこの三本のいずれか、あるいは全部をぶっつづけで見せられるという拷問が待っているので、この程度で済んだことを喜んでもらいたい。

でも、やっぱり、これは人に無理矢理見せる映画です!


コラム人生路肩走行第三回『やっちまった感があるのは否めないが、おれの人生には九七式狙撃銃が必要だ』

ore男は激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の人生に反抗せねばならぬと覚悟した。

うああああああああああああああああああああ!!!!!!
うわああああああああああああああああああああああああ!!!!!
うおああああああああああああ!!!ぬわあああああああああ!!!!

ホアーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!

やってしまいました。とうとうやってしまいました。
タナカ製ガスボルトアクションライフル『九七式狙撃銃』お買い上げでございます。
正直、やっちまった感があります。なので家に届いて開封した後、いったん寝ました。いや、起きたらなんか変わっているかもしれないと。何かが。別になにも変わりませんでした。口座残高はガク減りしたまんまですが、わたしは元気です。買った記憶はもうありませんが届いたものにはじゅうぶんに満足しております。

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口座残高がなんぼのもんじゃい!人生楽しんだもの勝ちよ!! でも、こんな大人になってはいけませんよ。

ま、金に困ったら、売ればいいしね!

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コレクターとしてとんでもない事を言う。それは駄目です!
これを手放さねばならぬような人生は送ってはいけません!
でもヤフオクとかで出品すれば、けっこういい値がつくだろうな・・・・・・いや、いかーん! 家宝にせい!

九七式狙撃銃とは

1930年代、当時旧帝国陸軍における主力小銃であった三八式歩兵銃をベースにして作られた狙撃銃です。
三八式歩兵銃の生産ラインにおいて、精度の高い銃身や機関部といったパーツを選り抜いて、スコープ(狙撃眼鏡)を乗せる台座が付け加えられ、ボルト操作をしやすくするため湾曲したターンボルトハンドルが採用されています。専用スコープである九七式狙撃眼鏡は開発当初、ドイツのカールツァイス製をもとに日本光学(現ニコン)によって製造されました。満州事変のさなかに狙撃眼鏡の不具合の解消や倍率の変更、実戦での使用実績などといった紆余曲折を経て、1937年に最終試験が行われた結果、おおむね目標に到達した事をもって、翌1938年に九七式狙撃銃として仮正式制定を上申、1939年3月7日に正式制定されました。三八式歩兵銃との大きな違いは、後の九九式短小銃などに採用された、単脚(モノポッド)が取り付けられていることでしょうか。

量産は小倉陸軍造幣廠と名古屋陸軍造兵廠で行われ、総生産数は約22,500挺。帝国陸軍の主力狙撃銃として様々な戦線で活用されました。第二次大戦後に多くが廃棄処分されたものの、流出品や戦地での鹵獲品が主としてアメリカにおいて高額で流通しており、愛好家たちによって現役で動いている姿をYouTubeなどでも見ることができます。

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単脚(モノポッド)を展開した九七式狙撃銃。

なにかロマンを感じる

お前そればっかだな! と言われそうですが、旧日本軍の銃器には何とも言えないロマンを感じます。KTW製の三八式騎兵銃も持っているんですが、木と鉄で出来た本体、ダストカバーによって起こる独特の金属音。実に魅力的であります。この九七式狙撃銃最大の魅力といえば、本体左にオフセットされた九七式狙撃眼鏡と、ボルト、銃床部一帯のメカメカしさとエロチックな部分が融合した後ろからのアングルに凝縮されていると言っていいでしょう。

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どうです、エロいでしょう?

KTW製の三八式は、実射性能とストックの美しさは抜群なのですが、セーフティ機能がオミットされていたり、ボルトがフルストロークでなかったりするので、前からタナカ製のガスボルトアクションで旧日本軍の小銃が欲しいなと思っていました。いざタナカ製を手に取ってみると、まず長い! そして重い! セーフティが働き、ボルトがフルストロークで動く、モデルガン的な楽しさに満ちています。しかし実射性能では、悲しいかな、KTW製の足下にも及びません。でもお座敷で撃ってみたり、野外に持ち出して、適度な距離の的を撃ったりするには、個人的には十分じゃないかなと思います。説明書に、特にスコープの事が書かれていないのでレティクル調整は出来ないのかな・・・出来るといいんだけどなあ。

九七式のレティクル

ちょっと見づらいですけど、独特のレティクルをしています。どう見たらいいのかは良くわかりません。

スコープを覗いたとき、死んでもいいと思った。

もっと言えば、死ねばよかった。梱包を解いて、箱を開けて、スコープを覗いた瞬間にそのまま昇天するべきだった。私の最期はそれで良かった。

shinemasukaしかし、私はまだ生きている。何故だ、こんちくしょう。まだ何か買えっていうのか!? そうなのか!?

折角だから外で撃ってみた

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小さくて分からないですが、奥に的があります。

お座敷シューティングでもじゅうぶん楽しめるのですが、せっかくの長物、狙撃銃とくれば野外に持ち出したくなるのが人情というもの。ふだん仲良くさせてもらっている大佐と不定期で野外での的撃ちなんかをして遊んでいるのですが、大佐との予定が合わなかったので、ひとりで撃ちにいってきました。

大佐

よくいっしょに遊ぶ大佐。この週末はスケジュールが合わなかった。

が、上の写真のごとく、テーブルを組み、椅子を置き、奥の方に自作ターゲットまで設置して、さて一息いれるかというそのときに、カメラを家に忘れてきた事が発覚。ちょっと途方に暮れました。幸いiPhoneとアクションカムだけは持って来ていたので、本格的な撮影はまた後日にして、とりあえず簡単な射撃動画を撮ってまいりました。

おまえは何処へいこうとしているのか

おれの人生には九七式狙撃銃が必要だった。そう思わねばなるまい。そう思い込まねば生きてゆけまい。
なんで必要だったのかは分からないが。とにかく必要だったのだ。

ウエスタンはどうした!? と言われそうですが、ウエスタンもやります。日本軍もやる。どっちもやる!
九七式狙撃銃は昭和14年に正式制定されているので、実は小説にも登場させることが出来るのだ。それと、人生でいつか戦記物のまんがを描いてみたいという思いもあります。だから資料なんすよ。
これは資料! そう資料!

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KTW製 三八式騎兵銃。取り回しがよい。ボルトを引いたときの金属音もこちらの方がいい感じ。だけど、これも資料ですから!

どうせクソみたいな人生じゃないすか、やりたいようにやって、花火みたいに散ってみるのも一興ですよ!

次はウィンチェスターM1892を片手に「殺っちまおうぜ、コンパニェーロ!」とか叫んだり、九九式短小銃を持って、大戦末期の南方戦線に思いを馳せたりしてみたいですねえ。あ、コルト・シングル・アクション・アーミーももう一丁くらい欲しいなあ。ああ、そうだ、それをいうならパーカッション・リボルバーも欲しいし、フリントロック・カービンを手に入れれば、歴史的興味の幅がアメリカ独立戦争やナポレオン戦争、西部開拓初期までカバーできるじゃないですか! どうすりゃいいんすか! ああ、カラシニコフもいいなあ! どれを買えばいいんだ、全部か! 全部だというのですか!? そうなんですね!?

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コラム人生路肩走行第二回『マカロニ・ウエスタンの探求と物欲の彷徨』

なんで最近、マカロニ・ウエスタンばかり観ているのか?

fujin皆さんごきげんよう。ポンパドゥール公爵夫人ですわ。とはいっても、わたくし歴史上のあれやこれとは全く無関係でございますの。今日は管理人に代わって、わたくしがくっだらない、お馬鹿な管理人のお馬鹿な真似を報告して差し上げますわ。ほんとにくっだらないので無理してお付き合いする必要はありませんわよ。有益なことは何一つありませんわ。ああ、嫌だわ、こんな仕事。

管理人の趣味嗜好

ここの管理人は小学生の頃に『帰ってきた木枯し紋次郎』をテレビで観て以来、それから社会人になるまで「『木枯し紋次郎』を超える文学も映像作品もこの世には存在しない」と勝手に思い込むほどのファンになってしまいましたの。テレ東の『時代劇アワー』で再放送されているのを録画しようとしたら、母親がクソくっだらない昼ドラを先に予約していて喧嘩したこともありましたのよ。いまでも昼にBSで放送される昔の名画を録画しようとしたら母親がクソくっだらない韓ドラを先行予約していて、ふざけんじゃねえよと荒ぶる事がございますわ。成長しておりませんのね。まあそんな事はどうでもいいですわ。とにかく『木枯し紋次郎』という作品はそもそも、マカロニ・ウエスタンの影響をモロに受けてる作品でしたのね。でも、管理人が本家のマカロニ・ウエスタンに触れるまでには、その影響を受けたテレビ時代劇のいくつかを経なければなりませんでしたの。その中でも最大のものが『必殺シリーズ』でしたのね。特にハードな初期の必殺シリーズがもう土下座する程大好きになって、VHSだのLDだのDVDだのと必死こいて『必殺シリーズ』を追いかけてましたのよ。あまりに観すぎて、今はもう完全に飽きて、内容も良く覚えてないみたいですけれども。管理人イチオシの『必殺シリーズ』は『必殺仕業人』だそうですわ。中村敦夫が出ているから、というのもあるのでしょうね。

セルジオ・レオーネ作品との出会い

社会人になって間もないころ、彼は初めてのボーナスで液晶プロジェクターと100インチスクリーンに5.1チャンネルサラウンド環境を自分の部屋に設置しましたの。なんでそんな事をしたのか今では良く分かっていないそうですけれど、この辺りから、あまりスクリーンに通うこともない映画的無知であった管理人がちょくちょくDVDを買って、古い映画を観はじめましたの。やっぱり時代劇が多かったようですけれど、ATG映画から古くは阪妻、山中貞雄監督の映画なんかにも影響を受け、黒澤監督の作品『用心棒』を観るに至って、恐らくマカロニ・ウエスタンに触れる事になったのではないのかしらね。『荒野の用心棒』はまんま黒澤監督の用心棒なので、あまり衝撃は受けなかったようですけれども、その後に観た『夕陽のガンマン』が彼を決定的に、マカロニ大好き人間に変貌させてしまったのですわ。もっとも、西部劇とダシール・ハメット『血の収穫』に影響を受けて作られた黒澤監督の『用心棒』が『荒野の用心棒』としてマカロニ・ウエスタンに影響し、そのマカロニ・ウエスタンの影響で作られたテレビ時代劇に影響を受けた管理人でございますから、何と申しましょうか、これはある種必然だったのではないかと思いますの。帰納的先祖返りとでも言ったら良いのかしら。まあとにかく、管理人は『夕陽のガンマン』と『続・夕陽のガンマン』を観て、衝撃を受けましたのね。

「この世に、こんなに楽しい映画があったのか!」とね。

中途半端に終わっていたマカロニ探求の再開

その後いろいろとありまして、勿論セルジオ・レオーネ監督の作品はぜんぶ観て、『続・荒野の用心棒』やほかの代表的なマカロニ・ウエスタンを何作かみたものの、管理人の映画漁りは一時休止いたしましたの。理由はいろいろでございますわ。きっと無職になったり、無職になったり、無職になったり、無職になったりしたからだと思うんですけれども。でも何て言えばいいんでしょうね、彼は彼なりに、それなりの映画好きになっていて、あるときはじめて『第三の男』を観たのですわ。あの映画でオーソン・ウェルズが言う「ボルジア家三十年の圧政はルネサンスを生んだが、スイスの平和主義は何を生んだ? 鳩時計さ!」という台詞にいたく感激いたしましたの。一角の人間、出来る事なら物書きとしても、もっと教養を身につけなければいかんな、と感じたそうですわ。ちょっと遅きに失した感はありますけれども。あなた気付くの遅すぎでしてよ。まあ、そんな訳で彼は古典文学や映画もたくさん観るようになっていたんですけれども、そんな矢先、タランティーノ監督の『ヘイトフル・エイト』を観て、不完全だったマカロニ探求を再開したいという欲求に駆られてしまったようですの。こうなっては古典もクソもあったもんじゃございませんわね。コルト・シングルアクション・アーミーのモデルガンなんかも買っちゃって、ただの小学生に戻ってしまったようですわ。

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タナカのモデルガンSAA、ガスガンSAA、CAWのコルト51ネイビー。ホルスター。そしてマカロニDVDが20本!(写真には写ってないものもあります)

モデルガンから始まったトイガン趣味も相俟って、コルトを買ってしまったからマカロニを観ねばなるまいみたいな気分になってしまったのですわね。はっきり申しまして、これは発狂ですわ。きちがい沙汰よ!

マカロニDVDは既に観たことのあるというか、以前持っていたものも含まれているようですけれど、最勉強のつもりで再び手に入れたとのことで、はっきりいって20本程度じゃ観た内に入らないくらいディープなマカロニ・ウエスタンの探求は、彼が疲れて飽きるまで続くことでしょう。それに合わせて西部開拓の歴史や南北戦争についても、いろいろと知ってみたいとの事で、まあ、何かを見失いそうになっている管理人がようやく、自分の原点にもどり、色々と模索しているようでございますので、余計な口はさしはさまず、ぬるく見守ってあげることにいたしましょう。でも、バカですわね! ほんっとに、心の底から、バカですわね!

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まだ未見で個人的に一番期待しているのが、この『殺しが静かにやって来る』だそうで。

物欲の彷徨

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「一丁でも(遊戯)銃を買えば、あと戻りはできないんだ。
その烙印からは一生逃げられないんだ。あとには戻れない」

管理人は、それまでの爪に火を灯すような禁欲的生活のストレスが爆発したのか、一月の間に三丁も銃を買ってしまいましたの。もうこうなってしまうと、一人殺すのも二人殺すのも同じだみたいな感覚ですわね。なんだか危ない事をつぶやいておりますわ。


バカみたいにマカロニ・ウエスタンに凝ってんのに、いきなり何を言い出すのかしら! おお、神よ! この罪深き男を許したまえ!

M1851

管理人お気に入りのコルトM1851。パーカッション銃は南北戦争から西部開拓末期をカバーできるロマンある資料。

旅はまだ終わらない

そんな訳で、なんだかフラフラ、まさに路肩走行中の管理人ではございますが、大量にマカロニ・ウエスタンのDVDを手に入れたこともあり、逐次、いつものネタバレ全開感想文を垂れ流すつもりのようですので、興味があれば見てやってみて下さいな。イングマール・ベルイマンやアンドレイ・タルコフスキーの映画なんかを続けて見ていたせいで頭が痛くなったそうで、マカロニ・ウエスタンは格好の娯楽なのではないかしら。

ああ、疲れたわ。ほんとにくだらないお話しに付き合って下さってありがたいわ。ちなみに、液晶プロジェクターで100インチスクリーンに投影していた環境はいまではもう撤去されてガンラックと化してますの。頭がどうかしちゃったんじゃないかしら。

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復讐のコルト! でも、子どもに銃を持たせてはいけません!『続・荒野の1ドル銀貨』(1965年・イタリア)

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主題歌でぜんぶわかる映画

ついに俺は故郷の大地に口づけした
痛む心で後にした故郷 古い友人と出会っても
皆俺の事を知らぬ顔 これからどうなるのか教えて欲しい
誰も俺の事を覚えていないのか
もしもみすぼらしい姿のうつむいた男を
村で見かけてもどうか遠ざけないでやってくれ
きっとそれは俺で 助けを必要としているからだ
助けが欲しいんだ
恋人に 俺が死んだと嘘を告げ 俺から全てを奪った男に復讐してやる
俺を惨めな男と見下した奴ら 俺たちの世界を壊そうとした奴らは
この土地から今すぐ去るがいい なぜなら俺たちは勇者だから・・・

そういう映画です。なお、主演がジュリアーノ・ジェンマであるという以外に『荒野の1ドル銀貨』との関係性は全くありませんので悪しからず。

帰ってきたよ、故郷へ

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顔の左をくっ、としかめるのが本作のジェンマの癖らしい。

南北戦争終結後、復員してきたモンゴメリー・ブラウン大佐(通称リンゴ。以下リンゴと記す)は友人ジェレマイアの酒場でいきなり暗殺者に襲われる。彼らは町を牛耳るフエンテス兄弟の手下だった。メキシコに近い町、ミンブレス近郊で金が掘り出されたとき、この兄弟は町をメキシコ領であると主張し、乗っ取ったのだという。
「妻のハリーはどうなったんだ!」
リンゴはジェレマイアが友達のインディアンから貰ってきた薬草を煮詰めたもので肌や髪を染め、髭も生やして、ただの放浪者として故郷、ミンブレスへと戻ってくる。

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「友のためなら金はいらん」というインディアン。超イケメン。

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変装したリンゴ。インディアンの薬草すげえな!

何かがすごい飛んでいるミンブレスの町

藁クズなのかなんなのか良くわからない何かがすごい飛んで舞っている、烈風吹きすさぶミンブレスの町で、一人の男がリンゴの目の前で撃ち殺される。
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撃ち殺されたのは裁判官バーンズであった。彼はこの町の数少ないフエンテス兄弟の抵抗者であった。保安官ですらフエンテス兄弟を恐れ手が出ないありさま。しかもアル中で手がまともに動かないときた。リンゴの父もまたフエンテス兄弟に抵抗し殺され、実家であるブラウン邸は今やフエンテス兄弟に乗っ取られ、更には妻ハリーも、パコ・フエンテスに寝取られていた。復讐を密かに誓ったリンゴは『朝顔(イタリア語版では忘れな草)』という花屋のおっさんの家に住み込みで働きはじめる。

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『朝顔』のおっさん。いい人なんだけど、イタリア語版だとジャージャー・ビンクスみたいな声を出すので甚だウザい。

心臓に何発も銃弾を撃ち込まれ、酷たらしく死んだ父。寝取られた妻。怒りに燃えるリンゴはニッケル鍍金されたコルト・シングルアクション・アーミーの7.5インチモデルを握りしめ、フエンテス兄弟の殺害を目論むが、その現場で彼は妻ハリーが連れて来た娘を見つけてしまう。
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娘の存在を知ったリンゴは暗殺に踏み切れず、酒場でヤケ酒をあおる。そこに現れた娼婦グローリーはリンゴに興味を持つが、リンゴに冷たくあしらわれ、フエンテス兄弟の片割れ、エステバンに泣きつき、リンゴをボコボコにぶちのめさせる。リンゴはグローリーの部屋で目を覚ます。彼女はエステバンを恐れず立ち向かったリンゴにますます興味を抱くが、リンゴは銃を引き出しに置いたまま、彼女のもとを去る。

えっ、おれの葬式?

翌朝、リンゴは棺桶の中で目を覚ます。目の前を星条旗に包まれた棺桶を乗せた馬車が通り過ぎていく。仏さんの名前、それはモンゴメリー・ブラウン大佐だという。おれの事じゃねえか! と思った瞬間に、リンゴはこれが仕組まれたことであると見抜く。パコ・フエンテスはハリーと正式に結婚するため、ニセの死体を用意してリンゴを亡き者としたのである。(なおこの葬送の場面で流れる曲は『アメリカン・スナイパー』で使用されている)ブラウン邸で開かれた故人の弔いというか宴会に『朝顔』と一緒に花を届けて紛れ込んだリンゴは隙を見て懐かしい我が家、自分の部屋、そして夫婦の寝室へとやって来る。そこには娘がすやすやと眠っていた。そこでリンゴは遂に妻、ハリーと再会する。

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これが、寝取られた妻と再会した時の男の顔だ!

再会もつかの間、フエンテス兄弟に発見されたリンゴは、物取りと間違えられ、「普通なら右腕を切り落とすしきたりだが、今日は大目に見てやる」と、右手にナイフを突き立てられてしまう。

やっぱ、逃げられないよな、男なら

翌日、ハリーが花屋にいるリンゴを訪ねてきた。リンゴは娘を連れて町から逃げだそうと提案するが、ハリーは町の皆を捨てて逃げられないと言う。リンゴは「どうしろってんだよ、ここに一体何人のメキシコ人がいると思ってんだ! 皆を助けるなんて出来ない。おまけに利き腕はこのザマだ!」と指された右手を見せつける。諦めたように、ハリーが「今夜、墓場で合流するのね」と言うと、リンゴは「今夜は駄目だ。時間が欲しい」と答える。絶望的な状況下で、一度は逃げようとした彼の心中で、このとき何かが変わった。リンゴは、置いたままにしていた拳銃を、娼婦グローリーの部屋から持ち出した。グローリーはタロット占いをしながらこう言った。

「恐れを知らぬ者は希望を持たない。望みを持つ者、希望に満ちた者だけが不安を感じる。そして今あなたは恐れている」

リンゴはもはや戦争に勝利し凱旋、復讐に燃えた恐れを知らなかった頃の彼ではない。利き腕を潰され、一度は逃走も考えた、ただの男である。そんなただの男として、リンゴは悪に立ち向かう決心をした。

立ち上がれ、男よ!

リンゴは『朝顔』のおっさんとインディアンの友達と一緒に、左手で銃を撃つ訓練をする。射撃の方は問題なさそうなのだが、排夾と弾の装填が上手く行かない。しかし時間がない。早くしないと、妻ハリーがパコ・フエンテスと結婚式を挙げてしまうのだ。リンゴは『朝顔』をカード賭博中のエステバンに接近させ、保安官の目の前で彼のいかさまを暴き、無理矢理にエステバンを逮捕して檻の中に閉じ込める。そしてグローリーを使い、パコには報せず、手下のみを集めるよう指示し、エステバンを助け出しにきた手下たちを水平二連ショットガンとコルトで撃ち殺す。そして『朝顔』のおっさんと共に、ダイナマイトを仕込んだ婚礼祝いの鉢植えをパコ・フエンテスの住むブラウン邸に置いてゆく。戦いの準備はこれで整ったのだ。

ミンブレスの銃撃戦

教会では遂に、パコ・フエンテスとハリーの婚礼が行われようとしていた。『朝顔』と保安官は銃を手に教会に歩いて行く。イケメンなのにハゲてるのが可哀想な神父が誓いの言葉を述べている最中、とうとうリンゴが結婚式に乱入する。

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「帰って来たぜ! パコ・フエンテス!」

そして町中で大銃撃戦がはじまる。リンゴはショットガンを持って走り回り、それを酒場の主人ジェレマイアとインディアンが援護する。『朝顔』も屋上からウィンチェスター銃でパコの手下どもを撃ちまくる。

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銃撃戦の最中に囮となり何もせず悠然と立つインディアンの友。超イケメン。

パコらが逃げられないように、馬を別の場所に集めていた保安官が、グローリーの手によって檻から出て来たエステバンによって撃たれてしまう。そしてエステバンは馬を連れて、パコを迎えに来て、邸へと逃走する。

フエンテス一味が去った後、勇気を持って戦い、死んだ保安官の回りに町の人々が群がってくる。グローリーは自責の念にかられていたが、リンゴは「誰にでも間違いはある」として、町の人々に、今が決断のときだと、共にフエンテス兄弟に立ち向かうことを促した。

ブラウン邸での激戦

邸内に侵入したリンゴが敵を撃ち殺した直後、邸の前に集まっていた『朝顔』やミンブレスの町の人々が玄関脇のダイナマイト入りの鉢植えを銃撃して玄関をふっとばす。エステバンとその手下たちはここで玄関に「バタフライ」という手回し式のガトリング砲というか機関銃を引き出してきて、外に向けて発砲を開始する。

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マカロニ謎機関銃「バタフライ」よく作ってあるけど実在するのだろうか・・・。

外でミンブレスの住民とパコ・フエンテス一味が銃撃戦をしているなか、リンゴは邸内の娘を助け出し、屋根裏部屋へと逃げ込む。弾を撃ち尽くして排夾しようとするもできないリンゴを見て、娘がそれを手伝う。

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弾入ってないんだろうけど、子どもに銃をさわらせてはいけません!

外では激しい銃撃戦が続いていた。娘のおかげで弾を装填できたリンゴは屋根に登り、仲間の援護を受けつつ、機関銃のある玄関に飛び込み、敵から奪ったウィンチェスター銃で機関銃に対抗する。

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機関銃に弓矢で応戦するインディアンの友。超イケメン。

男の戦い

「バタフライ」機関銃をあやつるエステバンを、脇にあったダイナマイト入りの鉢植えごと爆破したリンゴは、遂に憎きパコ・フエンテスを追い詰め、さんざん殴り合った後、ウィンチェスター銃で五発の鉛玉をブチ込む。息も絶え絶え、パコは玄関から表に逃げ出した所を、町の人間の一斉射撃でとどめをさされたのであった。

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戦いは終わった。こうしてモンゴメリー・ブラウン大佐は妻と、その娘を取り戻したのだ。かれら親子は実家をボロボロにして立ち去っていった。どこ行くんだろ。

娘は誰の子なんだ問題

南北戦争は四年間なので、リンゴがいつごろ出征したのかは謎としても、まあ彼の子であることは疑いないだろう。エリザベスという名前もそれを示しているように思える。娘はこまっしゃくれた所があるけど可愛い。途中、ことによっては児ポ法関係でうるさく言われそうな場面があるので民放での再放送はあまり期待できないかもしれない。画像貼り付けてアグネス・チャンに挑戦状を叩きつけようかと思いましたが、やめました。

全てを奪われた男の悲劇、そして復讐。『荒野の1ドル銀貨』で見せてくれたような、おいしい小道具の使い方は全く見られませんでしたが、派手な撃ち合いあり、キャラクターの面白みもあり、バタフライ機関銃のインパクトあり、復讐劇としての快感もありの、なかなかに楽しめる作品だと思います。それと名も無きインディアン。彼が妙に印象に残ります。エンニオ・モリコーネの曲はあんまり冴えてません。主題歌はいいですね!


実在したブッチ・キャシディとサンダンス・キッド 『ワイルドバンチ強盗団の誕生とその最期』

※注 本稿はWikipediaのいくつかの記事を下敷きにして再構成したものであることをご了承ください。

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ブッチ・キャシディ(1866〜1908)

本名はロバート・ルロイ・パーカー。ユタ州ビーバー生まれ。両親はどちらも移民で、父マキシミリアンはイングランド、母アンはスコットランド移民で共に敬虔なモルモン教徒であった。そのため両親はモルモン教徒への迫害を恐れ、イングランド各所を転々としたが、遂に1850年代後半にアメリカ・ユタ準州へと移民した。ブッチことロバートは13人兄弟の長男で、彼はユタ州ソルトレーク・シティーのサークヴィル近郊の農場で育てられた。10代前半に酪農場で働きはじめ、そこで牛や馬の窃盗犯であるマイク・キャシディと出会い、彼の感化を受ける。その後ワイオミング州ロック・スプリングスにて屠殺者(ブッチャー)として働き、このときはじめて「ブッチ」というあだ名で呼ばれるようになった。彼はそのあだ名に尊敬するマイクの姓をもらい、この頃からブッチ・キャシディを名乗りはじめる。本稿では以下、彼のことを「ブッチ」と呼ぶことにする。
後に「ワイルドバンチ強盗団」を束ねることになるブッチだが、彼が初めて犯した犯罪は実にみみっちいものであった。1880年頃の事である。ブッチは町の衣服店を訪ねたがあいにく店は閉まっていた。彼は店内に侵入し、ジーンズ1着とパイを取り、金は次に来たときに払うとして証書を残していったのだが、衣服店側はこれを告発した。しかしブッチは陪審員裁判により無罪を勝ち取った。彼はその後、1884年まで牧場で働き続けたが、やがてコロラド州テルユライドに移住した。表向きは仕事を探してのこととされるが、盗んだ馬を買い手に引き渡すためだったという可能性もある。とにかく彼はそこからワイオミング州とモンタナ州でカウボーイとして働き、1887年にテルユライドへと戻った。この時に、彼は競走馬所有者のマット・ウォーナーに会った。彼とその仲間たちは様々な催しで馬をレースに出し、賞金を自分たちで山分けする一方で、犯罪にも手を染めていた。そして馬が合ったウォーナーとブッチ、およびマカーティ兄弟(のどちらか片方)は1889年6月24日、テルユライドのサン・ミゲル・ヴァレー銀行から21,000ドルを盗み出したのである。翌1890年、ブッチはワイオミング州ドュボア近くの牧場を購入した。ここが有名な「壁の穴」で、牧場経営は上手く行かなかったものの、多くの無法者たちの隠れ蓑となった。また彼は牧場経営を通じて、ユタ州・ワイオミング州・コロラド州にまたがる大牧場主、ハーブ・バセットと取引を行うようになり、ハーブの娘、アンとも親睦を深めていった。

アン・バセットとの関係

ハーブ・バセットの広大な放牧地帯はブッチが「壁の穴」を作るずっと以前から、無法者たちの避難所として機能していた。「女王」アン・バセットと姉ジョシーの姉妹は父から乗馬術、ロープ使いや射撃をみっちりと仕込まれており、寄宿学校でじゅうぶんな教育を受けた、知性と技術に長けた女性であったが、淑女であることよりも「カウボーイ」的なワイルドな女になることを好んだという。アンはブッチ・キャシディに、ジョシーはエルジー・レイ(ワイルドバンチ強盗団にてブッチの右腕的存在だった)にそれぞれ夢中だったというが、1894年、アンが15歳かそこらの時に、ブッチはワイオミング州ランダーにて、馬の窃盗罪(地元の牧場主らからみかじめを取っていたとも)で逮捕され、ワイオミング州ララミーの州刑務所にぶちこまれてしまった。

ワイルド・バンチ強盗団の誕生

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ワイルド・バンチ強盗団。前列左からサンダンス・キッド、ベン・キルパトリック、ブッチ・キャシディ。後列左からウィリアム・カーヴァー、キッド・カーリー。1901年テキサス州フォート・ワース。

懲役2年を食らったブッチは18ヶ月服役した1896年1月に、州知事ウィリアム・アルフォード・リチャーズの取りなしによって釈放された。これはワイオミング州内で再犯しないことを誓ったことによる減刑であった。

出所後、ブッチは恐らく「壁の穴」以来の、親友エルジー・レイ、ハーヴェイ・「キッド・カーリー」ローガン、ベン・ギルパトリック、ハリー・トレーシー、ウィル「ニュース」・カーヴァー、ローラ・ブリオン(男装の女性)、「鼻ぺちゃ」ジョージ・カーリー、ボブ・ミークスらを集め、ワイルド・バンチ強盗団を結成した。

(※「ワイルド・バンチ」とはもともと1893年にビル・ウィリアム・ドゥーリンによって結成され、インディアン準州に本拠地を置いて強盗・殺人を繰り返し世間に恐れられた強盗団の名前である。一味が長いダスターコートを着ていたことから「オクラホマ・ロングライダーズ」とも呼ばれている。1896年8月24日にドゥーリンは保安官によって射殺され、1898年の終わりまでにはこの元祖ワイルド・バンチは壊滅した)

またブッチの恋人であるアン・バセットとジョシー姉妹も彼らに協力をした。姉妹は一味に活きの良い馬や牛肉などを提供する一方で一味の数人と恋愛関係にあった。この点でワイルド・バンチの面々とバセット姉妹の関係は少々複雑な部分がある。アンはブッチの収監中、ベン・キルパトリックとの関係に夢中だった。一方姉のジョシーはエルジー・レイに夢中であったが、エルジー・レイはこのときモード・デイヴィスという女性と関係を深めていたため、彼女はウィル・「ニュース」カーヴァーとも関係を持っていた。しかし「ニュース」との関係は、彼が仲間のローラ・ブリオンに夢中になった事で終わった。ブッチ釈放後、今度はジョシーがブッチに夢中になったりもしたが、最終的にはブッチはアンとよりを戻している。この姉妹とワイルド・バンチ強盗団の密接な関係は、この当時、姉妹が置かれていた状況にも有効に活用された。

ブッチが釈放された1896年当時、バセット家の広大な牧場を地域の裕福な実力者たちが買いとろうとした。バセット家がこれを拒むと、彼らはカウボーイを傭って嫌がらせをしたり、家畜泥棒を始めた。アンとジョシーの姉妹はその報復に、こんどは彼らの家畜を盗んだ。これによって更に確執が深まり、実力者たちは家畜泥棒退治のために「殺し屋」トム・ホーンを傭ったのだ。トム・ホーンはかつてアパッチ戦争にてジェロニモの投降に貢献した兵士であり、ピンカートン探偵者に一時は所属する探偵でもあり、また賞金稼ぎでもあった。なお、トム・ホーンは1900年にブッチの仲間であった牛泥棒イサム・ダートとマット・ラッシュを殺害しているが、これはバセット家と町の実力者たちの確執とは関係ないという。とにかく、ワイルド・バンチ強盗団は、バセット家に対する実力者たち、または彼らが傭ったカウボーイによる嫌がらせへの抑止力となった。また、ワイルド・バンチ強盗団のなかでも最も恐れられたキッド・カーリー(ハーヴェイ・ローガン)が、カウボーイの幾人かを脅したともいわれている。

同年8月13日、ブッチ、エルジー・レイ、ハーヴェイ「キッド・カーリー」・ローガン、ボブ・ミークスはアイダホ州モントビリアで銀行強盗を行い、約7,000ドルを奪って逃走した。この銀行強盗の直後にワイルド・バンチ強盗団にやって来たのが、ハリー・ロングボー。サンダンス・キッドであった。

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サンダンス・キッド(1867〜1908)

本名ハリー・アロンゾ・ロングボー。ペンシルバニア州モントクレアのジョサイア・ロングボーとアニー・G・プレイスの第5子として生まれる。1887年、ワイオミング州サンダンスの牧場から銃に馬、そして鞍を盗んで逃走したが、当局に捕まって禁錮18ヶ月の罪となった。「サンダンス・キッド」の異名はこの在監中につけられたものである。出所後は牧場労働者として働いたものの、1892年に列車強盗、1897年に他の男5人と共謀した銀行強盗の容疑をかけられていた。彼は「銃使い」と呼ばれたが、彼とブッチが殺されたといわれる、ボリビアでの銃撃戦より前には誰も殺さなかった。同じ「キッド」の名をつける「キッド・カーリー」ことハーヴェイ・ローガンは多くのものを殺しているので、後世、この両者のイメージが混同し、サンダンス・キッドに被せられている可能性があるという。

ワイルド・バンチ最盛期

1897年、ブッチは恋人のアン・バセット、エルジー・レイとその恋人モード・デイヴィスと共に、ユタ州にある彼らの隠れ家「ロッバーズ・ルースト」に潜伏した。彼らはそこに4月前半まで隠れていたが、次の犯罪計画を立てるため、ブッチとレイは女2人を家に帰した。なおこの「ロッバーズ・ルースト」に入る事を許された女性はたったの5人しかいない。アンとジェシーのバセット姉妹、モード・デイヴィス、サンダンス・キッドの恋人エッタ・プレース、そしてワイルド・バンチ構成員の一人でウィル「ニュース」カーヴァーの恋人ローラ・ブリオンである。

同年4月21日、ユタ州のキャッスル・ゲートという採鉱町で、ブッチとレイは鉄道駅からプリーザント・ヴァレー石炭会社の賃金を運搬する男たちを待ち伏せて襲い、7,000ドル入りの袋を盗んで「ロッバーズ・ルースト」へと逃げ帰った。

1899年6月2日、ワイルド・バンチ強盗団はワイオミング州ウィルコックス近くで、ユニオン・パシフィックの列車を襲った。一味は白いナプキンで覆面をしていたが、そのナプキンはレストラン「ハーヴェイ・ハウス」でくすねたものだろうと見られている。一味が盗んだ金額は30,000ドルから60,000の間といわれる。この後一味は散り散りに逃亡したが、これは強盗をした後のいつもの手で、数人がニュー・メキシコ州に逃げた。

この強盗事件をきっかけに、強盗団の人狩りが行われるようになった。特に列車強盗のあとに続いた法執行者との銃撃戦で、キッド・カーリーとジョージ・カーリーの2名は、保安官ジョー・ヘーゼンを撃ち殺した。「殺し屋」でピンカートン探偵社の契約社員でもあるトム・ホーンは爆発物専門家ビル・スペックから、キッド・カーリーとジョージ・カーリーが保安官を撃ったということを明らかにする情報を入手し、それをピンカートンの探偵チャーリー・シリンゴに伝えた。シリンゴはワイルド・バンチ強盗団を捕らえる仕事に就いていた。彼はキッド・カーリーの兄弟、ロニー・カーリーに妊娠させられたとして「カーリー」をラスト・ネームに使用している女、エルフィー・ランダスキーに接近した。彼女からワイルド・バンチ強盗団の居所を掴もうとしてのことだった。一方、逃げたブッチらワイルド・バンチ強盗団は「壁の穴」に潜伏していた。

同年7月11日、エルジー・レイとその他はニュー・メキシコ州フォルサム近くで列車強盗を働いた。ブッチの計画であるかどうかは不明だが、この現場にブッチはいなかった。レイとその他はウィルコックスの列車強盗後、ニュー・メキシコに逃げてきた連中であった。この列車強盗は失敗に終わり、ブッチは自分の右腕ともいえる存在を永遠に失う事になる。列車強盗の現場で地元の法執行者らとの銃撃戦がはじまり、レイは保安官エドワード・ファーと民兵ヘンリー・ラヴを殺害し、ニュー・メキシコ州重罪犯刑務所で終身刑となったのだ。

自分の右腕たるエルジー・レイを取り戻すため、ブッチはユタ州知事ヒーバー・ウェルズに恩赦を求め近付いたが、ウェルズはユニオン・パシフィック鉄道に刑事告発を取り下げるよう説得するよう助言した。まさか言われた通りにのこのこと顔を出せる訳もない。しかしエドワード・ヘンリー・ハリマンが会長をつとめるユニオン・パシフィック鉄道はブッチと接触するため、ブッチの盟友で刑務所から出所していたマシュー・ウォーナーを通じて彼と面会しようと企図していたが、1900年8月29日、ブッチ、サンダンス・キッドらがワイオミング州ティプトン近くでユニオン・パシフィック鉄道の列車を襲ったことで反故になる。またこの列車強盗で、ブッチはワイオミング州で再犯しないという州知事との約束も破ってしまった。これによってエルジー・レイ恩赦の望みも潰えた。

また9月19日にはブッチらはネヴァダ州ワイネマッカのファースト・ナショナル銀行を襲撃し、32,640ドルを強奪した。これらの事件、大金強盗でワイルド・バンチはその悪名を広めた。

ワイルド・バンチ強盗団の崩壊

1900年2月28日、ティプトンの列車強盗より少し前、キッド・カーリーの兄弟、ロニー・カーリーが、彼を捕らえようとした法執行者らと撃ち合い、射殺された。またそのいとこのボブ・リーは窃盗で逮捕され、刑務所送りとなった。追っ手は更にキッド・カーリー(ハーヴェイ・ローガン)とウィル「ニュース」・カーヴァーに追い付いたが、銃撃戦で保安官代理アンドルー・ギボンズとフランク・レスーアが殺害された。カーヴァーとキッド・カーリーは逃亡したが、4月17日、「鼻ぺちゃ」ジョージ・カーリーがユタ州グランド郡で保安官ジョン・タイラーと副保安官サム・ジェンキンズによって射殺された。が、タイラーとジェンキンズはこのために5月26日にキッド・カーリーの報復を受け、ユタ州モーアブにて射殺されている。

ブッチ、サンダンス・キッド、ウィル「ニュース」カーヴァーはネヴァダ州ウィネマッカに逃走し、前述のごとく9月19日にファースト・ナショナル銀行を襲撃して32,640ドルを手に入れた。12月、ブッチはテキサス州フォート・ワースにて、「フォート・ワースの5人」の写真を撮らせた。ブッチ、サンダンス・キッド、ハーヴェイ「キッド・カーリー」・ローガン、ベン・キルパトリック、ウィリアム「ニュース」・カーヴァーが写っている、既に上げた例の写真である。ピンカートン探偵社はこの写真を1部入手し、彼らの指名手配のポスターに使用した。

ブッチ、サンダンス・キッド、ハーヴェイ「キッド・カーリー」・ローガンらはモンタナ州ワグナー近くでグレート・ノーザン鉄道を襲撃し、現金60,000ドルを奪った。その後かれらはいつものごとく分散して逃亡したが、ウィル「ニュース」・カーヴァーは追跡してきた保安官イライジャ・ブライアント率いる民兵団によって殺害された。翌1901年12月12日には、ベン・キルパトリックとローラ・ブリオンがテネシー州ノックスヴィルにて逮捕されている。キルパトリックは懲役20年、ローラは5年の刑を受けた。キルパトリックは1911年に釈放されたものの、翌1912年、テキサス州で列車強盗の最中に殺されている。ローラは1905年に釈放され、偽名を使い戦争未亡人のふりをしながら生活し、1961年、テネシー州メンフィスで心臓病で亡くなっている。
ハーヴェイ「キッド・カーリー」・ローガンにも追跡の手が及んだが、12月13日、彼は銃撃戦の末、ノックスヴィルの警察官ウィリアム・ディンウドルとロバート・セーラーを射殺し逃走した。カーリーはピンカートンの探偵や他の法執行者らに追われているにも関わらず、モンタナに戻り、そこで幾年も前に殺された兄弟ジョニー殺害に関わった牧場主、ジェームズ・ウィンターズを殺害している。しかしテネシー州に戻ったところで逮捕され、再び逃走、1904年に法執行官との銃撃戦の最中に自殺した。

ブッチの右腕的存在であり親友だったエルジー・レイは1906年に釈放されたが、その頃にはワイルド・バンチ強盗団は既に崩壊しており、彼は更正し、地元の人間に尊敬されるような実業家となり、1934年に亡くなった。

南アメリカへの逃亡、地に落ちた葉か、死に花か。

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映画『明日に向って撃て!』より。ブッチ、サンダンス、エッタの3人。

1901年2月20日、ニューヨークに逃げていたブッチ・キャシディとサンダンス・キッドは、サンダンスの恋人、エッタ・プレースと共に、イギリス汽船ハーミニアスに乗ってアルゼンチン、ブエノス・アイレスに向けて旅立った。ブッチはエッタの兄でジェームズ・ライアンという虚構の人物を演じて、この客船に乗っていた。彼らはアンデスに近いアルゼンチン中央西部のチュブ州チョリラ近くのリオ・ブランコ東岸に土地を買っており、その牧場の丸太小屋で生活を始めた。

1905年2月14日、ブッチとサンダンス・キッドはマゼラン海峡近く、チョリラの南方にあるリオ・ガジェゴスのタラパカ・アルゼンチン銀行を襲撃した。このとき奪われた金は少なくとも今日の10万ドル相当であるという。

同年5月1日、警察がすぐ側までやって来ている事を悟ったブッチ達はチョリラの土地を売った。この時すでにピンカートン探偵社は彼らの居所を突き止めていたが、雨季のため、派遣されていた探偵フランク・ディメーオは足止めされて彼らを逮捕することができなかった。知事フリオ・レサナも既に逮捕状を出していたが、ブッチと親しく、エッタ・プレースに惚れていた保安官エドワード・ハンフリーズがそれをブッチたちに報せてしまった。

ハンフリーズの内報によって、ブッチ達は北のサン・カルロス・デ・バリローチェに逃げ、汽船コンドルに乗り、ナウェル・ウアピ湖を渡ったが、この年の暮れまでにはアルゼンチンに戻っていた。12月19日、ブッチ、サンダンス・キッド、エッタ・プレースと不明の男(ハーヴェイ・ローガンの可能性もある)はブエノス・アイレスの西にあるビージャ・メルセデスの国立銀行を襲撃し、12,000ペソを強奪している。

1906年6月30日、エッタ・プレースが逃亡生活に嫌気をさして、サンダンス・キッドに護衛されサン・フランシスコに帰って行った。ブッチ・キャシディは中央ボリビアのサンタ・ベラ・クルス地域のコンコルディア錫鉱山で「ジェームズ・『サンディエゴ』・マックスウェル」という名前で仕事を得て、ここでエッタを送ってきたサンダンス・キッドと合流した。皮肉なことに、かつて会社の賃金強盗を働いた彼らが、会社の総賃金を護衛する仕事に就いたのである。

最期のとき

1908年11月3日、ボリビア南部のサン・ヴィンチェンテの近くで、アラモヨ銀鉱山の急使が、会社の賃金総額15,000ペソを運搬中に、マスクをつけたアメリカ人2人の山賊に襲われ、金を奪われた。山賊はそれからサン・ヴィンチェンテに進み、地元の鉱山労働者・カサソラが営む「ボニファシオ・カサソラ」という下宿屋に泊まった。が、彼らが乗ってきたロバにアラモヨ鉱山のロゴを認めた主人カサソラがこれを不審に思い、近くに駐屯していたボリビア陸軍騎兵部隊(アバロア連隊)に通報した。部隊からはジャスタ・コンチャ大尉が率いる兵士3名がサン・ヴィンチェンテに急派され、地元当局と協力して11月6日の晩、山賊逮捕のため、兵3人と警察署長、地元市長と職員たちが下宿屋を取り囲んだ。

兵士が下宿屋に近付いたとき、山賊たちが銃撃を始め、1人が死に、もう1人も負傷した。それからしばらく銃撃戦が続いた。午後2時頃、発砲の休止中に、警官隊と兵たちは下宿屋の中から男の悲鳴が上がるのを耳にした。まもなく1発の銃声が聞こえ、悲鳴がやんだ。その数分後、もう1発の銃声が鳴った。

中で何が起こっているのか分からないまま、現場は膠着状態が翌朝まで続いた。
やがて包囲隊が中に入ってみると、そこには両腕・両脚に多数の銃創を負ったふたつの死体が転がっていた。
死体のうち1体は額に銃創があり、もう1体にはこめかみに銃創があった。遺体の位置から判断して、片方の山賊が、もう片方を安楽死させるために撃ち、自らも自殺したものと見られた。

警察の捜査によって、山賊たちはアラモヨ鉱山総賃金強盗を働いた男たちであると特定されたが、ボリビア当局は彼らの名前を知らなかったため、完全な身元の特定は出来ず、山賊たちの遺体はサン・ビンチェンテの小さな共同墓地に埋葬された。

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二人は死んでいなかった?

1991年、アメリカの法医学人類学者クライド・スノーによる調査の結果、二人が埋葬された墓地からはブッチ・キャシディとサンダンス・キッドの生存する親戚と合致するDNAを持つ遺物は発見されなかった。このことを裏付けるような証言がいくつかあり、両者、或いは片方が生き延びてアメリカに帰ったという生存説が存在する。

ブッチの姉妹、ルーラ・パーカー・ベテンソンによれば、ブッチはアメリカに生還し、無名のまま暮らしたという。ベテンソンは自著『Butch Cassidy, My Brother』中に1908年以降にブッチと会った親しい人々の例をいくつか引用している。また1975年頃、コラムニストのレッド・フェンウィックは『Post』の記者であったイヴァン・ゴールドマンに「自分はパーカー(ブッチ)の外科医と知り合いである』と語った。その外科医が彼女に語ったところによれば、ブッチがボリビアで殺されたとされる1908年以後も、ブッチを治療し続けていたという。

1960年、「女王」アン・バセットの姉、ジョシーはインタビューで、ブッチが南アメリカから帰ってきたのち、1920年代に彼女のもとを訪れたといい、また「ブッチは15年程前にネヴァダ州ジョニーで死んだ」と主張した。

ブッチ・キャシディの故郷、ユタ州サークルヴィルの地元の人々も、ブッチが死ぬまでネヴァダ州で働いたと主張しているという。

またサンダンス・キッドにも、アメリカに戻り、1936年に死亡したという生存説がある。

その説によれば、彼はウィリアム・ヘンリー・ロングという名前でユタ州のドゥーシェインで暮らし、1936年に亡くなって、町の共同墓地に葬られた。その遺物は2008年に発掘され、彼がサンダンス・キッドであったかどうかが調査されたが、それを裏付けるような結果は出てこなかった。

エッタ・プレースは1909年にサンフランシスコで目撃されたのを最後に行方が分からなくなっている。
一説によれば、ユーニス・グレイという名で、テキサス州フォート・ワースで売春宿やホテルを経営し、1962年に亡くなった、とされている。

 

1963年、90歳の老婆が馬にはねられ、これが原因となって数ヶ月後に亡くなった。彼女はワイルド・バンチ強盗団に関わった者の最後の生き残りであった。バセット姉妹の姉、ジョシーである。

ジョシーの死により、ワイルド・バンチの真実は歴史の闇に永遠に葬り去られたかのようである。しかし、映画によって作られた青春的なイメージを取り除いても、なおこの強盗団の存在にはひとを惹きつける何かがある。ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドの生存説がささやかれるのも、その魅力ゆえのことだろう。彼らについてもっと知りたい所だが、文献になるようなものがまったくない。本稿はひとえにWikipediaのいくつかの記事を下敷きにして再構成したものであることをどうか許されたい。

なお映画『明日に向って撃て!』についてはこちらで語っています。


俺のコルトが当たらない ジュリア—ノ・ジェンマ主演『荒野の1ドル銀貨』(1965年・イタリア)

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南北戦争の終結

1865年。南軍を率いるジョセフ・ジョンストン将軍はノースカロライナ州ダーラム近郊のベネット・プレースにて、北軍ウィリアム・シャーマン少将と交戦、必死の抵抗もむなしく、ジョンストン将軍は降伏し、やがて南北戦争は終結した。戦争捕虜となっていたゲイリー・オハラ(ジュリアーノ・ジェンマ)とその弟フィルは解放され、持ち物であった自身の拳銃を受け取るが、それは武装解除を理由にバレルを極端に短く切り落とされた、使い物にならない代物であった。

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まったく当たらない銃。銀貨と並んで本作のキー・アイテムだ。

さっそくその場にいた北軍の隊長に「どうなってんすかこれ」と文句をつけると、「理由は言えんが、銃としては問題なかろう」との返事。ゲイリーは試しにその辺に転がってた缶かなにかを目掛けて撃ってみるが、やはり全く当たらない。「弾が直進しませんよこれ」「なら腕が悪いんだろう」その言葉にカチンときたのか、ゲイリーは隊長の銃を拝借して北軍兵の飲んでいるコーヒーカップやら酒樽やらをバンバン撃ち抜く。

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ゲイリー・オハラ。階級は大尉。

弟のフィルも調子に乗ってバンバン撃つ。それを見た南軍兵たちは大喜びで騒いでいた。
「腕自慢はもうよかろう」隊長はみなを静まらせてこう言った。

「この銃は名誉と、お互いの信頼の証だ。銃を持って解散!」

「なにが名誉だ!」とこぼす、ゲイリーとフィル兄弟であった。

兄弟の別れ

ゲイリーの弟フィルは、負け戦であるため南部には帰れないとして、西部に向かう事に決めていた。別れの餞別に、フィルは兄に貯金箱の鍵を渡す。「少しだけど役立ててくれ。なあ兄さん、西部には仕事も土地もある。来たらどうだい?」ゲイリーは「考えとくよ」とだけ答えた。フィルはイエローストーンへ向かうとの事である。「お互い元気でな」こうして兄弟はそれぞれの道に向かい別れた。この先、思いがけない再会が待っているとは露ほども知らずに・・・・・・。

妻との再会と新しい旅立ち

数年ぶりに我が家へと帰ったゲイリーは妻ジュディと再会。お互いの無事をよろこび合う。

その後、ゲイリーは柱時計の中に隠されていた弟の貯金箱を開け、その金をジュディに渡す。彼はイエローストーンの弟を訪ね、西部に移住するつもりなのだ。ジュディに「君は家を売れ、なるべく高値で。三ヶ月後には一緒に暮らせる。春が来た頃にはまた会えるさ」と言って、弟の残した金の中から1ドル銀貨だけを胸ポケットに入れ、家を後にする。

イエローストーン

途中、馬に死なれて徒歩でイエローストーンまでやってきたゲイリー。彼はすぐに仕事を探すが、町のだれも、彼がもと南軍兵である事を知って、煙たがる。実はこの町の周辺では南軍残党が盗賊として暴れ回っているらしいのである。それでも仕事がしたいんだ、と頼み込む彼に、遂に親切な鍛冶屋がマコーリーさんを訪ねて見ろと教えてくれる。

実業家マコーリーという男は、ブラック・アイという悪党に脅されていた。ブラック・アイは彼を町から追い出そうとしているのである。マコーリーは手下と乱闘騒ぎを起こしたゲイリーの姿を見て、彼をブラック・アイ逮捕のため傭うことに決める。「奴を捕まえ、保安官に引き渡せ」

「保安官はどうしたのですか?」と尋ねるゲイリー。保安官は判事と共に出掛けて不在であった。

ブラック・アイ

マコーリーを脅していた盗賊の頭、ブラック・アイは、なんとゲイリーの弟、フィルであった。

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鏡越しにその顔を見たゲイリーは驚くが、身の危険を感じたフィル(ブラック・アイ)は振り向きざま、銃を発砲する。弾はゲイリーの胸に直撃した。フィルもまた、撃ってすぐに相手が兄だと分かったが、分かった瞬間にはもう既にマコーリーたちの放った銃弾の餌食となっていた。マコーリーははじめから死に役としてゲイリーを傭い、丸腰の彼を撃たせる事で、ブラック・アイ殺害の正当性を得ようとしていたのである。やってきた保安官と判事も、これが罪にはならないという点で一致し、ことは全て綺麗に片付けられ、もの言わぬふたつの死体だけが床に残った。

生きていたゲイリー

マコーリーの手下たちは死んだゲイリーとフィルの死体を、たまたま通りすがった南部の夫婦が乗る幌馬車にぞんざいに積み込んで後の処理を一方的に任せた。しかしこの夫妻がとてもいい人たちだったので、路傍にきちんと二人分の墓を作り、彼らを埋葬しようとしたが、そのとき、夫が、ゲイリーにまだ息がある事を発見する。

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貫通してますけど。

「生きてる! 神様! 奇跡だ、見ろよ、銀貨が銃弾を止めたんだ。きっとワケ有りの男に違いない。西部に連れて行こう」

ゲイリーは、胸にしまっていた1ドル銀貨によって、命を救われたのである。

農場主ドナルドソン

マコーリーのもとに農場主ドナルドソンが現れる。銀行にも融資を断られ、このままでは彼の農場は借金のカタにマコーリーに持って行かれてしまうらしい。しかし彼は二、三日中には借金を返すと約束する。その言葉に不審なものを感じたマコーリーは、ドナルドソンの連れを拷問にかけて、ドナルドソンの友人の銀行家が新しくイエローストーンへとやって来て銀行を開くこと、ドナルドソンが彼の融資を受け、マコーリーへの借金を完済するつもりであることを吐かせる。またマコーリーは手下に、ドナルドソンの農場を襲撃するように指示する。手下たちはみな南軍の服を着ていた。イエローストーンで暴れる南軍残党というのは、マコーリーが用意したニセモノであったのだ。

その頃、完全に復活したゲイリーは弟の墓前に立っていた。果たして弟フィル(ブラック・アイ)は悪党であったのか。彼の胸には未だ疑念が残っていた。命を救った1ドル銀貨を手に、ゲイリーは墓を去る。

ドナルドソンの農場に、マコーリーの指示を受けたニセ南軍がやってきた。彼らはひとしきり暴れ回ると、売り物のまぐさに火をつけ、嵐のごとく去って行った。その後、盗賊はアジトに帰る者と、ドナルドソンを殺害する者の二手に分かれた。襲撃者はドナルドソンの顔を知らない。「一番偉そうな奴がそうに違いない」

ドナルドソンを襲おうとした襲撃者三人組は、そこに現れたゲイリーによって射殺された。

命を助けられたドナルドソンは彼に感謝する。そこへ、保安官が駆けつける。

「今、捕まる訳には行かないんです」

「心配するな、君を逮捕させはせん」

保安官は撃ち殺された三人の盗賊を見て、「間一髪でしたな」とドナルドソンの無事を喜ぶ。
しかし川の向こうは管轄外であるため、盗賊たちに手が出せないという。

「しかしこの三人を引き取りに来るかも知れない」

「その方がいい。来たらブチ込んでやる」

そう言って、保安官は帰っていった。

ブラック・アイの真実

「まったく盗賊どもめ! ブラック・アイが生きていれば・・・・・・」

ドナルドソンの言葉に驚いたゲイリーは「彼を知っているのですか?」と問いかける。

「彼にはずっといて欲しかった。頼りになったよ。彼のおかげでそれまで盗賊は来なかったんだ」

「無法者ではなかったのですか?」

「無法者? とんでもない! 誰がそんな事を? ブラック・アイは我々を守っていたのだ!

ブラック・アイ、弟のフィルは悪党ではなかった。むしろ、町の人々を盗賊団から守っていた正義の人であったのだ。弟に対する疑念が完全に晴れたゲイリーは誇らしげに一葉の写真を出す。

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「ブラック・アイ。ええ、私の弟です」

ゲイリーは、これは全てマコーリーの仕組んだ罠であると喝破した。そしてドナルドソンから、弟が殺された日、何かを手に入れ喜んでいたということを聞かされる。弟はいったい何を手に入れたのか。彼いわく「銃より役に立つものだ」とのことであるが、しかし彼は殺されてしまった。ゲイリーはマコーリーと盗賊との関係を示す証拠書類に違いないとして、弟が住んでいた丘の上の『廃屋』に、それを探しに出掛ける。

廃屋に巣くう盗賊ども

かつて弟が住んでいた『廃屋』は今やマコーリー盗賊団のアジトと化していた。セガール並の手際で盗賊を一人ずつぶちのめしたゲイリーは彼らを縄で縛り、盗賊団のリーダーと思しき男の到着を待った。

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「俺もおたずねものだ。仲間にしてくれ。味方にすれば心強いぜ」

仲間達を簡単にぶちのめし、縛り上げたその腕前を買われ、こうしてゲイリーは盗賊団に潜入することに成功する。しかし、盗賊の一人はもと南軍兵で、ゲイリーの事を知っていた。だが彼はなかなか話の分かる男で、ゲイリーの過去については口外しない事を約束した。『廃屋』の中で証拠品を探したいゲイリーだが、そこに「ボス」が来たと呼び出しがかかる。外に出てみると、それはあのマコーリーであった。しかしマコーリーはゲイリーの顔を良く覚えていない。「どこかで会ったかな」程度のものである。

マコーリーはドナルドソン暗殺の失敗をなじりつつ、新たに仕事を持ってきた。それは、ドナルドソンの友人である銀行家が、銀行開設のために運んでくる金塊を横取りしろというものであった。

盗賊たちは金塊強奪の大仕事に興奮して、歌って踊って拳銃をバンバン撃ちまくる。アホかわいい。

そこでゲイリーが南軍行進曲として使われていた「ディキシー」を口ずさむと、例の話の分かるもと南軍兵も嬉しそうにハーモニカで演奏をはじめる。が、それが他の連中には気に入らなかった。

「南軍の歌なんか演奏すんじゃねえ、ヤンキードゥードゥルをやれ!」

もと南軍兵が突き飛ばされた拍子に、となりで酒を飲んでいたゲイリーがボトルを落としてしまう。これが最後の酒だった。「買いに行ってくるよ」と言い、外に出ようとするゲイリーを仲間が止める。代わりに、例のもと南軍兵が使い走りにさせられる事になった。

ゲイリーはもと南軍兵に「君に命を預ける。俺は盗賊じゃない」と正体を明かし、ドナルドソンに襲撃計画のことを知らせるよう頼む。彼ははじめ難色を見せたが、「誇りを取り戻すんだ」というゲイリーの言葉を受けて、ドナルドソンの家まで走った。しかし、仲間の一人が、それをしっかり監視していた。

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どうでもいいけど荒野じゃねえ。

一方、襲撃計画を知ったドナルドソンは金塊輸送の計画を一部変更し、保安官の助力を願う。

「わしとあんたでまず金塊を他の場所に隠す。そのあとあんたはハゲタカの丘に向って、盗賊どもに弾丸を食らわせるんだ」

「それはいい考えだ」という保安官だが、なんだか不安そうというか、明らかにやる気がない。大丈夫だろうか。

駅馬車に乗ってきた女性

予定より数日早く駅馬車がイエローストーンに到着した。
そこから現れたのは、ゲイリーの妻の、えっと、なんだっけ?
ええと、デイジーじゃない、そうだ、ジュディであった。ジュディがやって来たのである。

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夫、ゲイリー・オハラの行方を求めて、彼女はイエローストーンまで出て来たのだったが、ワケ有り美人に興味津々なマコーリーに、夫が死んだことを知らされ、悲嘆に暮れる。

その頃、『廃屋』では、ドナルドソンに計画を知らせた罪で、気のいい元南軍兵が射殺されてしまった。ゲイリーは「何かを企んでいる、それを喋ってもらおう」というリーダーの意向でボコボコにぶちのめされ、口の中に塩を詰め込まれた状態で柵に縛り付けられてしまう。

そこに、ジュディを乗せた馬車がやって来た。彼女は「夫の墓参りがしたい」とマコーリーに申し出たのだが、マコーリーはそもそもゲイリーの遺体がどうなったかなど知っている筈もなし、適当に言い含められ、『廃屋』まで連れてこられてしまったのだった。ジュディには一人、見張り番の男がついた。

「ボスの女だ。手を出すなよ」

そう言って、リーダーは盗賊たちを率いて、金塊強奪に向かっていった。

保安官の裏切り

ドナルドソンの金塊運びは順調に行っていた・・・・・・かのように見えたが、小休止を入れたその時、保安官の裏切りによって、彼は銃殺されてしまう。何と、保安官もマコーリーの仲間であったのだ。金塊は保安官の手によりハゲタカの丘へと運ばれる事になった。

妻の危機

『廃屋』では、ゲイリーの妻ジュディが、見張り番の男に乱暴されそうになっていた。ゲイリーは靴の拍車でロープを切り裂き、縛めを解いて、妻の危機に駆けつける。銃に手をかけた見張り番の男を投げナイフでぶっ殺したゲイリーは、久し振りに会う妻、「あんた生きてたのね」とでも言いたげなジュディと熱い抱擁を交わす。

感動の再会の後、だれもいない隙を狙って、ゲイリーは『廃屋』の中で証拠物を探す。が、いっこうに見付からない。そうこうしているうちに盗賊どもが金塊を受け取って戻ってきてしまった。ゲイリーは妻を裏から馬車で逃がし、自身はコルト・シングル・アクション・アーミーを後ろ手にしながら、柵に縛られたままの姿で彼らを迎えた。

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そして六発全てを使い切り、盗賊全員を始末する。しかし、銃弾が一発頭をかすめたために脳しんとうを起こし、『廃屋』のなかでぶっ倒れてしまうのだった。

保安官がマコーリーの仲間であるとは露ほども疑っていないゲイリーは、妻を保安官のもとへ走らせた。そして妻は正直に、ゲイリーが『廃屋』に残っていることを正直に告白してしまう。

「なるほど、分かりました。手を打ちましょう」という保安官のもとに急報が入る。マコーリーが『廃屋』に向かっているというのだ。ゲイリーが『廃屋』で待ち構えていることを早く報せなくてはいけない。保安官はジュディをマコーリーの屋敷に連れて行くよう部下に命じ、自らも『廃屋』へと向かうのであった。

1ドル銀貨が導くもの

ゲイリーが目覚めた時には既に夜になっていた。フラフラと起き上がり、水桶で傷口を洗っていると、胸ポケットから1ドル銀貨が落ちて、床を転がっていった。その先にあるのは柱時計。そういえば弟は、貯金を柱時計に隠していた。もしやと思い、柱時計を開いてみると、果たしてそこには一枚の手配状が隠されていた。

手配書には二人の男の顔写真が載っている。それは、まぎれもなくマコーリー保安官のものであった。

「保安官もか・・・・・・ジュディが危ない!」

急いで馬に乗るゲイリーだが、そこに、一方からは保安官たちが、もう一方からはマコーリーたちがやって来る。

ゲイリーは機転を利かせて、マコーリーの方へ近付き、盗賊どもが保安官によって皆殺しにされた、保安官は金塊を一人占めするつもりなのだ、とウソを吹き込む。マコーリーは裏切りに怒り、『廃屋』にいる保安官一行に銃撃を始める。訳も分からず撃たれた保安官側も撃ち始め、ここにマコーリー側と保安官側による同士討ちがはじまった。

戦いの結果、マコーリー側が勝利し、マコーリーは撃たれて死にかけている保安官に「なぜ裏切った」と問い詰めた。保安官は「あの南軍兵に皆だまされたんだ・・・・・・あの野郎!」と言い残して絶命した。

マコーリーはゲイリーを捕まえようとするが、すでに遅かった。ゲイリーは馬に乗って、ジュディのもとへと走ってゆく。マコーリーも急いで彼を追いかけた。

俺が分かるか?

保安官の部下を叩きのめし、ジュディがマコーリーの家にいることを突き止めたゲイリーは、マコーリーの家を守り固めている三人の手下を一瞬で抹殺する。マコーリーはジュディを連れて逃げ出すが、ゲイリーに追い詰められる。マコーリーはなおも銃で抵抗するが、遂に弾切れとなり、とうとうナイフをジュディの首筋に立てて「銃を捨てろ」とゲイリーを脅した。ゲイリーが銃を捨てると、マコーリーは「違う。こっちに投げるんだ。もう一丁あるだろう」と重ねて迫った。ゲイリーはガンベルトを外して、ベルトごと銃をマコーリーに投げてよこした。ガンベルトから銃を抜いたマコーリーに、ゲイリーはカンテラを持ってゆっくりと近付いて行く。一発、二発、三発、四発、五発とマコーリーの発砲が続いたが、ゲイリーには全く当たらない。coin9よくよく見てみると、マコーリーが持っていたのは、ゲイリーが捕虜解放時に渡された、バレルを切られた、あのコルトだった。当たるはずがないのも頷け・・・・・・いくらなんでも真正面にいりゃ当たりそうな、いや当たらないんだよ、あのコルトはそういうものなんだよ! この小道具を有効に生かした演出に涙ですよ!

マコーリーから銃を奪ったゲイリーはカンテラで顔を照らし、「俺が分かるか?」とマコーリーに問いかける。

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「・・・・・・オハラ」

ここでようやく、マコーリーは相手がかつてブラック・アイと共に死んだゲイリー・オハラであると知ったのだった。「そう、俺だよ」そう言って、ゲイリーは胸ポケットから1ドル銀貨を出した。

「これに救われたよ。弟のブラック・アイにもらったんだ!」

ゲイリーはコインを投げつけ、マコーリーに銃口を突きつける。

「まだ一発残ってる。この距離なら外れまい」

そこに、ジュディを解放した町の人々がぞろぞろとやって来る。

「その男はイエローストーンの町が裁く」

マコーリーが町の人間たちによってたかって銃撃を受け、悲鳴を上げるなか、ゲイリーとジュディの二人は寄り添って、そこを去ってゆく。

荒野の1ドル銀貨

まず何と言ってもオープニングがいい。YouTubeで見られるので「One Silver Dolar – Un Dollaro Bucato」で検索してみて下さい。口笛が印象的なテーマ曲もマカロニ史に残るものでしょう。物語も伏線や小道具を上手く使いつつ、罠にはめられた男の見事な復讐劇としてじゅうぶん楽しめるものになっています。マコーリーの最期がハッキリと描かれていないのがちょっと不満にも思えますが、何より重要なのは、ゲイリーが奥さんの目の前で個人的な恨みで殺人を犯すことを止め、公衆の正義(どう見ても私刑のような気もしますが)に裁きを委ねた、という事でしょう。南北戦争直後という事もあり、ついこないだまで戦争してた訳で、ジェンマがとにかく強い、めちゃくちゃ強いのも印象的です。それと、南軍の大義というか、同情というか、負けた者がどうあるべきかという点を描いている点も忘れてはいけないでしょう。(勝ち負けは関係なく、戦った者として、或いは人間として)誇りを失うなと、劇中、ゲイリーも語っています。マカロニ・ウエスタンながらも、何故か荒野ではなく野っぱらが舞台で、ジュリア—ノ・ジェンマの風貌も相まって、泥臭いイメージは全くありません。個人的にはマカロニ・ウエスタンときたらもっと泥と埃まみれになって欲しい所ではあります。

しかし何より凄いのが、捕虜解放直後にイエローストーンに行って、ゲイリーがやって来るまでの超短期間で町の人々から敬われ、マコーリーの悪事を見抜き、更に保安官もグルになっていることを掴んで、ブラック・アイなんて異名をとるほど名を上げた弟、フィルの存在である。弟すげえよ! あんた何者だよ!


土に還れと、コルトが火を噴く! セルジオ・コルブッチ監督『続・荒野の用心棒』(1966年・イタリア)

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棺桶を引きずる男

ぬかるんだ土を踏み、棺桶を引きずって歩く男の背中。そして流れる主題歌。これだけで全てを語っている。男が見たいと思うものを、この映画が全て持っているということを。
これだ、これなんだ! という感覚。この映画の勝利はもう既に決まってしまったのだ。
YouTubeからこのオープニングだけ引っ張ってきて貼りつけときゃ、もうそれでいいだろう。

いやいや、そういう訳にもいかないか。YouTubeの動画を貼り付けるのは後でリンク切れした時にみっともないので、実の所あんまりやりたくない。ちなみに私はイタリア語版の主題歌の方が好きだったりする。英語版との違いは直接確かめていただく事にして、マカロニ・ウエスタンの作品について語るのは初めてなので、ここで簡単ながら説明させていただくと、マカロニ・ウエスタンとは、簡単に言ってしまえばイタリアで製作されたハリウッドの模倣西部劇である。ちなみに海外では「スパゲッティ・ウエスタン」と呼ばれている。
が、その模倣西部劇がセルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』を皮切りに本家の西部劇にはなかった独自の要素を持つようになり、その影響を受けて作られた一連の作品を特に指して「マカロニ・ウエスタン」と呼ぶのが一般的である。今回取り上げた『続・荒野の用心棒』は、セルジオ・レオーネ監督の作品とは同じセルジオながらも、コルブッチ監督により、また違った方向でマカロニ・ウエスタンの特徴的な部分を決定付けた、教科書的な作品になっております。『続・荒野の用心棒』という邦題は日本の配給会社が勝手に付けたものなので、セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』とは、一部設定や演出方法に似た部分があるものの、まったくの別物と思っていただいて構いません。原題は『DJANGO(ジャンゴ)』クエンティン・タランティーノ監督の『ジャンゴ・繫がれざる者』の元ネタというか、主題歌はそのまんま全く同じものが使用されています。私はそれほどマカロニ・ウエスタンに通じている訳ではありませんが、「こういう部分があるとワクワクしちゃうなあ、やっぱマカロニはいいなあ」みたいな感覚で、マカロニあるあるネタとしていくつか見所を取り上げながら、語りたい所を語ってみたいと思います。まあ、とにかくいつものネタバレ道場の開幕だ、行くぜアミーゴ!

悪党どものゲスい笑い方

棺桶を引きずって歩いていた男が足を止めて眼下を見渡す。すると、一人の女がメキシコ人にムチを打たれている現場を目撃する。
django4ここで注目したい、いかにも「マカロニ」的な要素その一、『男たちのゲスい笑顔』はい注目!

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ゲスい!

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ゲスい!

ゲスい笑顔ですね! 女がムチでしばかれてるのにこの笑顔ですよ! 悪いやつらですね!

ここで何か果物を食ってる奴がいたりするとなお良いのですが、マカロニ初期の作品なのでひとまずはこのくらいで我慢しておきましょう。

女はどうやら彼らの所から逃げ出してきて、捕まってしまい制裁を受けているようである。ところがこのゲスいメキシコ人たちは瞬く間に撃たれて死んでしまう。

代わって登場したのが、赤い布を首に巻いた男たち。彼らは女を解放すると、今度は「メキシコ人に寝返った裏切り者」として、女を火あぶりの刑にかけようとする。彼女は赤い布をつけた男たちの所から、メキシコ人の側に逃げ、またメキシコ人からも逃げたところをとっつかまっていたのである。

そこに棺桶を引きずる男が登場する。彼が北軍兵士の格好をしている事で、男たちは殺気立つ。彼らはみな元南軍の兵士であった。

はいここで注目! いかにもマカロニ的な要素その二、『煽り耐性の低い敵』

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「とかくメダカは群れたがる」という男の挑発に「何?」と怒り出す男。典型的な煽り耐性の低い敵である。
聞き逃しちゃえば良かったものを。敵意を向けたせいでこの男は「大したことじゃない。メダカは死ぬだけだ」と言った北軍兵によって、仲間もろとも一瞬で皆殺しにされる。
メダカは群れたがるって、その煽り方もどうなのって感じはしますが。

男の名はジャンゴ

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マリアと名乗った女を助けた、この北軍兵の名はジャンゴ(フランコ・ネロ)。何の目的があってかは分からないが、町に向かって行くつもりであるらしい。マリアを連れて、ジャンゴは町へとやって来る。そこは、荒れ果てた、泥まみれのゴーストタウンであった。

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ここまで泥まみれになった町というのもなかなかないが、やっぱりマカロニ的な魅力がたっぷり詰まった舞台である。

ジャンゴらが部屋をとった娼館の主・ナタニエレによれば、メキシコの革命勢力を率いるウーゴ将軍と、南軍残党のジャクソン一味が争い合っていて、町はそれですっかり荒廃してしまったらしい。それはともかく、この店でジャンゴがメシを食っている姿に注目したい。長い木のスプーンを使って謎のメシを食う、というシーンもいかにもマカロニ的な食事風景である。スプーンをナイフのようにして握る、いわゆる「赤ちゃん持ち」であればなお良し、といった感じでしょうか。いかにもマカロニ的な要素その三はこの「デカいスプーンで謎のメシを食う」にしておきましょう。個人的にパッと思いつくのが『続・夕陽のガンマン』くらいしかありませんが。今作も含めて伝説的な映画ですので、それだけ印象に残りやすいのでしょう。『木枯し紋次郎』で紋次郎がソバを凄い勢いで食うシーンがありますが、あれもいつ誰に襲われるか分からない無宿渡世人のリアリズムの追及というよりは、やっぱりマカロニ的食事シーンの再現なんじゃないかと思われます。なおタランティーノ監督最新作『ヘイトフル・エイト』ではこのマカロニ的食事シーンを完全再現したシーンが登場します。

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なに食ってるんだろうなあ。このデカいスプーンがよろしい。皿がちょっと綺麗に作られているのが惜しい。もっと歪な形をしていたら満点なんですが。

南軍残党ジャクソン少佐

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逃げるメキシコ人をウィンチェスター銃で狙撃するジャクソン少佐。

ジャンゴが飯を食っていると、そこに銃声が鳴り響いてくる。それは、ジャクソン少佐がメキシコ人を一方的に射殺している、その凶行の音であった。彼は徹底的な人種差別主義者で、特にメキシコ人を憎悪しているという。彼の砦では、捕まったメキシコ人たちが、逃げきれたら許されるという、いわゆる「ガントレット」の私刑によって虐殺されていた。ここでまた注目! やっぱり出て来ましたよ。悪漢たちのゲスい笑顔と、果物を食う男が!

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悪行見物には果物がつきものだ。

伝説的なキャラクターを引き立てた名脇役俳優

ここでメキシコ人を撃ち殺し、父親を殺された子ども達が泣いて死体にすがりつく姿を見て、気持ちの良いくらい、ものすっごいゲスい笑顔を見せてくれるのが、ホセ・テロン・ペニャランダという俳優。(蔵臼金助さんのツイートで名前がはじめて分かりました)

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いい顔してますね〜。こういう悪役がいるからこそ映画が光るんです。

彼はセルジオ・レオーネ監督のこれもまたマカロニ・ウエスタンの代名詞的傑作『夕陽のガンマン』の冒頭にて、リー・ヴァン・クリーフ演じるダグラス・モーティマー大佐に、ストックをつけたコルト・シングルアクション・アーミー・キャバルリーモデル(7.5インチ)で額を撃ち抜かれる賞金首ガイ・ギャラウェイ役で出演し、世界中のマカロニファンにその顔を知られた人物です。

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『夕陽のガンマン』より。ダグラス・モーティマー大佐。

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『夕陽のガンマン』より。撃たれるペニャランダさん。

数年前、この人の息子さんだかが海外の掲示板に現れて色々と裏話をしたとかしないとか聞きましたが、ご本人は元気でいらっしゃるのでしょうか。とにかく、モーティマー大佐ジャンゴという、マカロニ・ウエスタンを代表する名キャラクターの引き立て役としての功績は忘れようとしても忘れられるものではございません。

この後、ジャクソン少佐と共にナタニエレの店へやって来た彼は、要素その二で述べたように、非常に煽り耐性の低い所を見せ、他の仲間と共にジャンゴの早撃ちでぶっ殺されます。お疲れ様でした!

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ジャンゴの使う銃はコルト・シングル・アクション・アーミーのキャバルリー(7.5インチ)モデル。

40人の大軍勢、ほぼ皆殺しのジャンゴ

ジャンゴへの報復のため、ジャクソン少佐が40人の仲間を引き連れて町にやって来ます。

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ジャクソン一味が覆面をしているのは、Wikipediaによれば映画後半でエキストラが足りなくなったため、使い回しをしたかったとの事ですが、助監督のルッジェロ・デオダートの話では、歯がなかったり、顔に傷のあるような醜いエキストラが欲しかったものの、うまいこと集まらなかったため、覆面を被せたそうです。この覆面の適当さがまたいい。

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あんたぜったい前見えてないだろ。

わらわら集まってくる赤い軍勢を前に、ジャンゴはそれまで誰にも見せなかった棺桶の中身を披露する。
なんとそれは機関銃だった! この謎機関銃で、ジャンゴは敵のほとんどを抹殺。逃げるジャクソン少佐の馬をコルト・シングル・アクション・アーミー・キャバルリーモデルで撃ち、彼を泥の中に落とします。でかい棺桶から機関銃が飛び出てくるというこのけれん味いかにもマカロニ的な要素その四にしておきましょうか。

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謎の機関銃。しかしこれを棺桶から出してぶっ放すという何とも「けれん味」に満ちたシーンだ。こういったけれんもマカロニには必須である。

「なぜジャクソンを殺さなかったのだ?」というナタニエレに「殺すのはまだ早い」と答えるジャンゴ。

彼は、かつて生涯の伴侶としていた女を、ジャクソンによって殺されていたのだ。いつかもっと酷い復讐を果たすために逃がしたという事であろうか。実はそうではなかった。

ウーゴ将軍の到着

ジャクソン一味壊滅によって、こんどは町にメキシコ革命勢力を率いるウーゴ将軍がやって来る。逃げ遅れたジャクソンの仲間、ジョナサン神父は耳を削がれた上に、撃ち殺されてしまいます。いかにもマカロニ的な要素その五、『過剰なバイオレンス描写』です。

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『レザボア・ドッグス』の耳削ぎシーンはここから来ているのかも。

メキシコ革命勢力のウーゴ将軍と、ジャンゴは顔見知りであった。ジャクソン一味を滅ぼした機関銃の存在を知った将軍は、ジャンゴがそれをベコスの町で買ったこと、更に町には九挺の機関銃が売られていることを知る。

「それはいい事を知ったよ。だが俺たちには金がない」

そういう将軍に、ジャンゴは「チャリバ砦に金がある。奪っちまえばいいんだ」と、砦襲撃の相談をする。
砦には、メキシコに輸送される金があり、それを護衛するのがジャクソン少佐の役目であった。だからジャンゴはジャクソンを殺さずに、わざと逃がしたのである。そして彼らは金強奪のため、ナタニエレが慰問のため娼婦を連れて来たようにみせかけ、砦内に侵入。もの凄い銃撃戦を展開しながらも、とうとう金を奪取することに成功する。

「この黄金で機関銃が買える! これでメキシコに凱旋だ! 革命万歳!」

大喜びするウーゴ将軍とその手下たち。テンション上がり過ぎて意味も無く空にむかって拳銃をバンバン撃っているのが、なんか最高にバカっぽくていい。さっそく分け前をくれというジャンゴだが、ウーゴ将軍は「まあまあ、そう焦んなよ。ちゃんとやるよ」みたいな事を言いながらも、砂利金を目にして「指一本触れさせんぞ!」と大興奮。

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金です。

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金だからな!

ウーゴ将軍を信用できないジャンゴは、彼らが酒宴で大騒ぎしている隙を狙って、砂利金を盗み、マリアを連れて逃走する。ジャンゴはこの金を手に、新しく人生をやり直すつもりであった。マリアはそんなジャンゴに「お金がそんなに大事? 二人で出直しましょう。あなたの支えになりたい。愛しているの」と言うが、ジャンゴが「俺には昔恋人がいた。今は十字架の下に眠っている。俺と一緒にいると巻き添えを食う。だから支えになんかなるな」とカッコ良く別れを告げた直後、馬車に置いていたライフルが暴発して、驚いた馬が金を入れた棺桶を振り落としてしまう。棺桶はそのまま底なし沼に沈んでいく。ジャンゴも慌てて棺桶を引きずり出そうとするが、沼にはまり、溺れてしまう。映画中盤までのニヒルな、恋人を殺した敵を前に堂々たる態度を見せたあのジャンゴは一体どこへ行ってしまったのか。復讐ではなく逃亡を選び、金に目がくらんで底なし沼に沈み、カッコ付けて別れた女の手にすがるジャンゴ。どうしちゃったんだよジャンゴ! お前はそれだけの男だったのか!

報復——墜ちた英雄——

底なし沼に溺れ、駆けつけたマリアの手を取るジャンゴだったが、突如、マリアは何者かに撃たれ、ジャンゴは投げ縄によって無理矢理沼から引きずり出される。それは、彼らを追ってやって来たウーゴ将軍とその仲間たちであった。

「お前には借りがある。だから殺しはしない。しかし泥棒の罰は受けてもらうぞ!」

ジャンゴはウィンチェスター銃のストックで両手を潰された上、その手を馬の足でズタズタに踏んづけられるという罰を下される。

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「いくら早撃ちでも、その手じゃピストルも握れまい。
ジャクソン少佐に見付からないよう気を付けることだな」

そう言って、ウーゴ将軍はメキシコに向かい走り去っていった。金で機関銃を買ってから臨むはずであった戦いである。「勝つか死ぬかだ!」というやけっぱちの突撃ではあるが、彼は逃げず、戦いの道を選んだ。ジャンゴは酷い目に会わされたが、命を助けられた。はっきり言って自業自得だ。ウーゴ将軍は、ボスとしてはなかなか器の大きい男だった。それに引き替え、ジャンゴよ、お前はどうなんだ。しっかりしてくれ!

復活のジャンゴ

メキシコに向かったウーゴ将軍らはジャクソンとメキシコ政府軍の待ち伏せに遭い全滅する。これで町はジャクソンのものとなった。ジャンゴは一命を取り留めたマリアを連れて、ナタニエレの店に逃げ込むが、やがてジャクソンが彼を殺しにやって来るのも時間の問題であった。「私に構わずあなたは逃げて」というマリアを前に、ジャンゴはとうとう決意を固める。

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「まだやる事が残っている。ジャクソンを倒さなくては。奴を葬らない限り、俺たちに明日はない。もう逃げるのはやめる。決めたんだ。奴に引導を渡す。傷つき金もなくしたが、まだ命だけはある。出来るなら俺と一緒に、人生をやり直そう」

彼は英雄でもなんでもない、ただ一人の男として、新しい愛をみつけ、仇敵に立ち向かう事に決めたのだ。ボロボロになった手で、因縁の敵を討とうというのだ。そうだ、それでこそ男だ!

このときのジャンゴの顔。そして目がいい。フランコ・ネロを見たセルジオ・レオーネが「いい目をしている。きっと売れるだろう」と言ったらしいが、本当にいい目をしているのである。さて、戦う意思を固め、果たして彼は一体どうやってジャクソンを倒すのか。

墓場での決闘

ジャクソン一味との決着を付けるべく、彼は一味をかつて愛した女の眠る墓場へと呼び出した。そして彼は戦いのための準備を着々と進める。面白いのが、歯でネジを回し、トリガーガードを外すという描写。おそらく実銃のコルト・シングル・アクション・アーミーにはこういう仕掛けはない。映画ならではのけれんだろう。

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なお銃身も7.5インチのキャバルリーから、5.5インチのアーティラリーに変わっている。もう一丁持ってたんだろうか。ツッコムのは野暮か。

やがて現れるジャクソン一味。その数は六人。ジャンゴは両手にコルトをはさみ、墓標に据えようとしているのだが、遠目からでは良く分からない。ジャクソンにはそれが祈りを捧げている姿に見えた。(なおこの墓標、前に出て来たシーンとは違っているが、下に赤い薔薇かなにかが咲いている特徴からして、ジャンゴのかつての恋人のものと見ていいだろう)

「最後のお祈りか、ジャンゴ。それとも悪あがきかな。お前との決着はまだだったな。命乞いなら今更ムダだ。死が怖ければ祈るがいい。十字架にしがみついてな」

「ではお祈りを手伝ってやろう。父の御名により、子の御名により——」

ウィンチェスター銃で威嚇射撃をしながら続けるジャクソンの祈りの言葉を、ジャンゴがしめくくった。

「土に還るべし!」

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トリガーを墓標に押しつけ、ファニングで連射するジャンゴ。(なぜか七発)ジャクソン一味はまたたく間に全滅した。最後のいかにもマカロニ的な要素はその六、「復讐」という事にしておこう。

そして男は銃を捨てた

戦いが終わり、ジャンゴは銃を愛した女の墓に残し、ひとり去って行った。恐らくはマリアと、新しい人生を歩んでいくことだろう。特徴的な帽子を被り、インパネスコートを着て棺桶を引きずる男の背中からこの映画は始まり、そして完成された。棺桶から機関銃を取り出し敵をほとんど皆殺しにする怪物的なキャラクターから一転、その全てを失い、たった一人の人間として過去と決別し、憎き敵を倒す。そして新たな愛の元に帰ってゆく。男のロマンの全てが込められているといっても過言ではないだろう。

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「復讐」劇として見ると、当のジャンゴ本人があまりジャクソン少佐に執着していないのと、ジャクソンの方も彼と過去に因縁があることを認識していないこと、マリアを撃ったのも、ジャンゴの手を潰したのもジャクソンではないことなどから、あまりスカッとする所はないのが欠点といえば欠点かもしれないが、そんなことはどうでもいいのだ。全編、泥と埃まみれる男どもの相克、マカロニ・ウエスタンらしい魅力を詰め込んだ、ご馳走のような映画を前にくどくど言うのは男らしくない。悪党は滅んだ! まさに、土に還ったのだ!

 

 

 


人生というドブの中で惨めにも壮絶に死ね!『明日に向って撃て!』(1969年・アメリカ)

 

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ブッチ・キャシディとサンダンス・キッド

早々に店じまいをし、警戒厳重な銀行を見て、「色気もなんにもねえや」とぼやき、酒場に入った男。彼はどうやらいかさま博打の疑いを受けているらしい相棒に向って言う。「俺たちはもう峠を越えたんだ」と。
相棒は「そんな事はねえ」と意気軒昂に立ち上がって、言いがかりをつけてきた相手を睨み据える。
「行こうぜ、サンダンス」しかたなく仲裁に入った男が相棒の名を呼ぶ。それを聞いて、喧嘩を売った側の男が恐怖した。「サンダンス・キッドだとは知らなかった」サンダンス・キッドはそこで自慢の早撃ちを披露する。それを見て「やっぱり峠を越えたな」と皮肉を言う男。
彼こそが、「壁の穴」強盗団(ワイルド・バンチ)を率いるブッチ・キャシディ(ポール・ニューマン)であり、その相棒が早撃ちの名手サンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)であった。どうも列車強盗でケチがついて以来、二人は各地を放浪していたようである。ブッチはこれまで若さに任せて強盗・略奪の日々を刹那的に生きてきたが、いまは自分の年齢による衰えを感じている。「峠を越えた」とは、ギャングとしても、男としても衰えがはじまった事を指しているのである。そんな彼が夢見る土地が、ボリビアであった。ボリビアはいま、ゴールドラッシュ時のカリフォルニアと同じ様な状況にあり、そこで一儲けできると彼は信じているのであるが、ボリビアがどこにあるのかは良く分かっていないようだ。「南米か中米のどこかにある。土の中にいろんなお宝が埋まってるんだ。金に銀、それに錫。鉱山の給料を盗むだけで目が回るぜ」そんな夢物語に対して、サンダンス・キッドは「考える事はお前にまかせる。かなわんぜ」といって大笑いする。しかしブッチは真剣である。「先を見通せるのは、世界で俺一人さ」

列車強盗

ブッチが久し振りに「壁の穴」に戻ると、彼の留守中に仲間のハーヴェイ・ローガン(キッド・カリとも)が新たなボスとして幅を利かせていた。決闘でハーヴェイをぶちのめしたブッチは再びこのギャング団のボスとなり、ハーヴェイが計画した列車強盗の案を採用して、鉄道を襲撃する。それはエドワード・ヘンリー・ハリマンが経営するユニオン・パシフィック鉄道の車両であった。ウッドロックという職務に忠実な社員が金庫を必死に守っていたが、彼らはダイナマイトを使用して金庫を爆破し、金を奪っていく。その夜、町ではこの列車強盗事件のため、保安官が追跡隊を募集していたが、「壁の穴」強盗団の恐ろしさを知っている町の人間たちは誰一人として進み出ない。そんな光景を、ブッチとサンダンスは娼館の二階から見下ろして酒を飲んでいた。娼館では米墨戦争に出征するピアニストのため、お別れ会が開かれていた。これから戦争に駆り出されるピアニストを見て、ブッチは「俺はガキの頃、英雄になるのが夢だったんだ」とこぼす。人殺しも、略奪も、戦争で行えば英雄になれるのだ。そんなブッチに、サンダンスは「もう手遅れだ」と冷たく言い放つ。

「お前も冷たい奴だな、俺たちもいっそ入隊してスペインと戦うってのはどうだ? 素質はあるぜ。経験と統率力も抜群だ。入隊すれば、俺はパーカー少佐だな」

「パーカー?」困惑気味に言うサンダンスにブッチが答える。「俺の本名さ。ロバート・パーカーだ」

「俺はロングボー。ハリー・ロングボーさ」「それじゃあお前はロングボー少佐だ」

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お互い始めて本名を名乗り合う二人。彼らはいまさら本名など名乗る必要もないほどの絆で結ばれている。そんな二人の下で、保安官もまた「俺はお前達とは信頼と尊敬の絆で結ばれているんだ、だから俺についてこい」と言うが、反応はなく、虚しく響き渡るだけであった。

一人の女

エッタ・プレイス(キャサリン・ロス)は学校教師を勤めながら、一方でサンダンスの恋人として「壁の穴」盗賊団の一味となっている。彼女はサンダンスの恋人である一方、ブッチのことも愛している。ブッチもまた彼女に惹かれている。エッタは実在の人物であるが、この映画では彼女をめぐる三角関係というよりも、ブッチとサンダンスの間にある友情以上の絆、或いはホモセクシャル的関係の象徴のような存在として現れている。母親のようにも描かれている。ブッチの運転する自転車(未来の象徴)に乗りながら、リンゴをかじるシーンで名曲「雨に濡れても」が流れる。ここは本当にいい。

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この後、散歩する二人の会話が面白い。

「参ったよ。馬みたいに働いても一文も残らねえ」

「派手に遊びすぎるからだって、キッドが言ってるわ」

「そりゃ言えてるね」

なんか自分の事をいわれているようで、なんか・・・・・・すみません、みたいな気分になる。

再び、列車強盗

行きに遅い、帰りにまた遅うという計画通り、ブッチと「壁の穴」強盗団はユニオン・パシフィックの列車を襲撃する。しかし仕事に律儀なウッドロックによって、金庫はより頑丈なものに改造されていた。ブッチはダイナマイトで金庫の扉を破ろうとしたが、火薬の量が多すぎたせいか、金庫は車両ごと吹っ飛んでしまう。

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そして、この爆発によって大量の紙幣が空に舞い上がってしまった。仲間達は必死に舞い降りてくる金を集めるが、そこにもう一台の列車がやってくる。それは、ユニオン・パシフィックの社長ハリマンが傭った、インディアンの案内人ボルチモア卿と、保安官ジョー・レフォーズ率いる「壁の穴」強盗団の追撃隊であった。しつこく追ってくる彼らに辟易した二人は馴染みの保安官ブレッドソーに、身を隠すため軍隊に入隊したいと申し出るが、悪名高い二人を軍隊に入れる事は許されなかった。ブレッドソーは言う。

「お前達の時代は終わった。あとは血まみれになって死んでいくだけだ」

何とか追っ手から逃れた二人は、エッタを連れて、ブッチの理想郷であるボリビアへと逃げる。

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ボリビアにて

彼らを待ち受けていたのは、アルパカと豚しかいない、不毛の地であった。銀行強盗をしようにもスペイン語が分からないため上手く行かない。二人はエッタからスペイン語を学び、彼女の助力を得て銀行強盗を重ねていくが、あるとき、白いストローハットを被った男を見つけてしまう。彼らを追っている保安官ジョー・レフォーズの姿であるらしかった。自分らが次の仕事をしたタイミング襲いにかかってくるつもりなのではないかと考えた二人はしばらく強盗稼業から離れる事に決める。鉱山労働者の給料運びの護衛に傭われた二人だったが、山賊に襲われ雇い主は死んでしまう。農業も牧畜も出来ない、まともな生業に就けない二人。これからどうしようと悩んでいるとき、エッタは先にアメリカに帰ると言い出した。二人にはそれを止める気は毛頭なかった。

終わりのとき

どうしようもなく、再び強盗生活に戻ったブッチとサンダンスであったが、終わりの時は近付いてきていた。
あるとき強奪した馬につけられていた焼き印から、彼らの罪が明らかにされ、レストランにて警官隊の襲撃を受ける。彼らと警官隊との間で激しい銃撃戦が起こる。

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馬に繫いでいたガンベルトを取りに行くためにブッチが飛び出し、サンダンスが援護射撃を行うが、衆寡敵せず。遂に二人とも撃たれてしまう。建物の中に逃げ込んだ二人が罵倒し合う。

「何が援護だ、あのざまは!」

「お前こそあれで走ったつもりか、あれじゃまるで老いぼれの散歩だ」

「次はオーストラリアに行こう。あそこならみんな英語で喋る。
外国人扱いもされない。銀行なんてよりどりみどりだ」

「女はどうだ?」「手当たり次第だ」

「でも遠すぎるぜ」「ケチばかりつけるな!」

「行ってガッカリじゃ困る」「いいから考えとけ」

「よし、考えとこう」

外に保安官レフォーズの姿がなかったことから、「敵は大した事ないさ」と言って、二人は建物から飛び出して行く。そこには既に警官の通報を受けてやってきていた兵隊達が待ち構えていた。伝説的なラストシーン。

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明日に向って撃て!

いまさら語るまでもないアメリカン・ニューシネマの傑作である。また邦題も抜群にいい。ブッチもサンダンスも、二人とも、撃たれ、血まみれになり、絶望的な状況下にありながらも、明日のことを考えていた。そしてここで死ぬだろう事は分かっていながらも、ほんの少しの可能性に賭けて、撃って出て行ったのだ。映画のほとんどがこの二人の逃避行であり、地獄めぐりの旅である。強盗をして拳銃を撃つ、まともな働きのできない二人はエッタという母親の袋から出た直後、死に直面する。これは大人になれなかった大人の話であり、大人になりきれず育ってしまった大人が「それでも俺はこのやり方で生きるしかねえよ」と最後の賭けに出る話である。大人になれない大人というのは、すべての男がそうだろう。男たちは、まことに生き辛い人生を、何の救いもなく、惨めに死んでいく。しかし、どんなに悲惨な終わり方になるとしても、目指す目標に向けて、一歩でも近付いていればいいし、そうでありたいと思う。ブッチとサンダンスの、過度になれ合わない友情というか、腐れ縁的な関係もいい。人生というドブの中で、誰か一人でもこういう友達がいれば、悲惨な生活にもいくらか楽しみが出来る。一緒にバカな事を出来る友達が欲しいし、自分が誰かにとってそういう存在になれたらなお良いだろうと思わせてくれる映画である。

史実を基にした映画ではあるが、実在したブッチ・キャシディとワイルド・バンチ強盗団についてはこちらで語っております。


それがたとえ偽りでも イングマール・ベルイマン監督『叫びとささやき』(1972年・スウェーデン)

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死のときが迫りつつある、一人の女

朝靄に煙る庭園に鐘が鳴り響く。柔らかい陽の明かりに、ひとつの大邸宅が照らされている。庭には大きなブランコが置かれていた。この屋敷に、もはや手の施しようのない病に冒された女がいる。三人姉妹の次女・アングネス(ハリエット・アンデルセン)である。彼女には毎晩、長姉のカーリン(イングリット・チューリン)、妹のマリーア(リヴ・ウルマン)、そして使用人のアンナ(カリ・シルヴァン)が交替で看病に就いている。妹のマリーアは夫がいる年齢にも関わらず、未だに人形をそばに置き、母の肖像画に見守られながら眠りに就くような寂しがり屋の女。姉のカーリンはそれとは正反対に、周囲に対しても、自分に対しても常に厳格で居続けているが、心の裡に何かひとには言えない感情を秘めている様子だ。そして使用人アンナもまた、一見従順で信心深い女に見えるが、病気で幼子を失っており、神への信仰を持ちながらも、一体それに何の意味があるのかという疑い、迷いを抱えている事が明らかになる。それは彼女がお祈りの後でリンゴを食べる、というシーンで全て表されている。つまり、この映画に出てくる女たちは(男も出てくるがこれはあまり重要ではない)、アングネスを除き、それぞれが俗世に縛られ、何かしらの罪を背負っているような、後で神父の台詞にあるような、暗く汚れた地上に残された、罪ある人々として描かれている。

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「アーメン」と口にした直後にリンゴをかじるアンナ。

(以下、ネタバレを含みます)

妹マーリアの場合

アングネスの主治医であるダーヴィドは、数年前、アングネスとカーリン夫妻が留守にしていた時、病に罹っていたアンナの娘の往診のため、屋敷に滞在した事があった。呼んだのはマリーアであった。
「君は美しいが変わってしまった。視線に落ち着きがない。昔はまっすぐ私を見つめたのに。口元には欲求不満が見て取れる。いくら厚化粧で覆っても、しわは隠せない。なぜしわが出来たと思う? 君は何に対しても無関心だからだ。自己満足と怠惰のせいだ。君は人生に退屈しているんだ。そして人をせせら笑っている」
「それはあなたも同じでしょう? あなたのその観察は自己の反映でもあるのだわ」
その夜、彼はマリーアと情交を結んでしまう。マリーアは彼にいった「慈悲なんていらない」と。
翌日、マリーアの夫・ヨーアキムが帰って来るが、ヨーアキムはマリーアとダーヴィドが密通している事を悟り、自殺を図る。しかし死にきれず、情けなく妻に縋る「助けてくれ!」と。しかしマーリアはそんな夫の姿を、ただ見守るだけであった。

姉カーリンの場合

カーリンと夫フレードリックは数年前にこの屋敷に滞在した事があった。夫のフレードリックは多忙な外交官で何事も事務のように淡々とこなす男で、食事を終えると「さあ、次はセックスするぞ!」と言って寝室にさっさと引っ込んでいく。「なにもかもウソばっかりだわ」愛のない、世間体だけにとらわれた結婚生活に彼女はウンザリしていたのだろう。貞淑な妻、厳格な姉、いくつもの顔を持ち、本当の自分を押し隠している。まさに『仮面/ペルソナ』である。あの映画にも「なにもかもウソばっかりだわ」という全く同じ台詞が出てくる。彼女は割れたグラスで自らの股を切り、これから一発やろうと意気込んでいる夫の前で、血まみれの股を開いて見せる。

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三面鏡を使用してカーリンの多面性を象徴的に映した場面。最近では『ブリッジ・オブ・スパイ』にこれと似たようなシーンがあった。

アングネスの死

苦しみ悶えるアングネスを、アンナが必死に慰める。アングネスにとってはアンナが聖母マリアのようなものだったのだろう。それは子を失った母親という点でも共通するし、アンナ役の女優はとてもふくよかで母性を感じさせる。それは、そんな彼女が乳房を露わにしてアングネスを抱き寄せるという場面でも明らかだ。
呻き、もだえ、時に「嫌だ、死にたくない! 誰か助けて!」と絶叫するアングネスであったが、やがてアンナに看取られて、安らかに息を引き取った。

葬儀の日、神父が言う。

「アングネスよ。暗く汚れた地上に残された者のために、どうか祈ってくれ。私たちの罪を許すよう、神に請うてくれ。私たちを不安や、倦怠や疑惑から解き放って欲しい。人生の意味を教えて欲しいと。長い試練に耐えたお前の言葉なら、きっと聞き届けてくださるだろう」

こじれた姉妹関係

三女マーリアは、スキンシップを嫌がり世間話程度の事しか話さない姉カーリンに「仲良くしましょう」と歩み寄る。「一緒に泣いたり笑ったり、一晩中しゃべったりしたいのよ」しかしカーリンはそれを拒む。彼女は亡くなったアングネスの日記を読む。そこには「人生で最大の贈り物をもらった。それは人の優しさや思いやり、ぬくもりや愛情。これが神の恩寵なのだ」と書かれていた。妹を本当に愛する訳でもなく、見せかけの優しさで彼女に接していたという自覚のあるカーリンには、耐えられない感謝の言葉であった。カーリンは叫ぶ。

「耐えられないの! 責め苦だわ。地獄のよう。息もできないほど苦しくてたまらない!」

食卓でカーリンは妹にこう言った。

あなたが憎い。人にこびる態度も、その微笑も嫌い。今まで黙って我慢してきたわ。お見通しよ。優しい抱擁も言葉もうわべだけ。憎しみを抱いて生きる気持ちが分かる? 許しも休息もない。救いもない。そんな人間の気持ちが理解できて? どうしたの? だんまりなのね。思った通りだわ!」

それは彼女がはじめて他人にぶつけた本音であった。しかし、言ってしまった後で彼女は後悔にかられ、泣き叫ぶ。
sakebitosasayaki3そしてマリーアに「ごめんなさい、さっきは悪かったわ。勘ぐりすぎたの。どうか許して」とすがりつく。
そして姉と妹は、ここで生まれてはじめて、本音でぶつかり合い、一晩中話し合うのである。

アンナのみた夢

子どもがどこかで泣いている。アンナはそれを探して屋敷をうろつき、アングネスの部屋にたどり着く。すると、泣いていたのは子どもではなく、彼女であった。

「私は死んだわ。なのに眠れない。みんなが心配で。くたびれた、誰か助けて」

アンナは「これは夢ですわ」と答える。しかし、夢の中のアングネスは「違う、お前には夢でも私には違う」のだという。そして姉のカーリンを呼んで欲しいとアンナに言った。

呼び出されたカーリンは、手を握って欲しいというアングネスの願いを断り、「あなたの死に関わりたくない。愛していれば別だけど、愛していない」と冷徹に言い放ち、部屋を出て行く。

次いでマリーアが呼び出された。マリーアはカーリンとは違い「妹だもの、見捨てておけないわ」と蘇ったアングネスに歩み寄る。しかし、アングネスに抱きしめられ、キスをされた瞬間に恐怖し、泣き叫んで部屋を飛び出して行ってしまう。

そしてアンナだけが部屋に残り、蘇ったアングネスの側につく。

これは、血を分けた姉妹でさえアングネスを心の底から愛している訳ではなかった、心配して看病している訳ではなかった。自分だけが彼女を心の底から愛し、最も熱心に看病をしていたのだという、彼女の主観がそのまま夢になったものなのだろう。アンナにとってはアングネスは死んでもなお苦しみから解放されていない、という事になり、やはりそこには映画の序盤、祈りの直後にリンゴを食べた場面に象徴されるような、アンナの信仰への揺らぎが見て取れる。また、アンナの失った子どもへの愛とアングネスへの愛が二重になっている事も示されている。

いつかのブランコで

葬儀が終わり、屋敷に仮住まいしていたカーリンとマリーアはそれぞれの家、夫のいる家に帰る事になった。また屋敷は売却されることになり、使用人であるアンナには暇が出される事となった。

カーリンとマリーアの関係は、多少は修復されたのであろうが、どこか歪なまま、二人は別れる事になる。

アンナは、密かに隠し持っていたアングネスの日記を開く。そこには、ある秋の日、アングネス・カーリン・マリーアとそしてアンナの四人で庭を散歩した時の事が書かれていた。

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「みんなで笑いながらブランコまで走った。姉妹三人で仲良く座り、アンナが優しく揺らしてくれる。苦痛は消えた。一番大切な人たちがそばにいる。おしゃべりに耳をかたむけ、体のぬくもりを感じることができた。『時よ、止まれ』と願った。これが幸せなのだ。もう望むものはない。至福の瞬間を味わうことができたのだ。多くを与えてくれた人生に感謝した」

ここでこの映画は終わる。

「叫びもささやきも、かくして沈黙に帰した」

 

それがたとえ偽りでも、かりそめのものでも

「これが幸せなのだ」と日記に記したアングネスだが、そのときの表情は虚ろである。姉や妹が心の底ではどう思っているか分からないが、見せかけだけは優しくしてくれていることを彼女は分かっているのだろう。しかし、それが幸せなのだと、彼女は自分に言い聞かせているのである。欺瞞に満ちた世界で、偽りの愛情でつながった歪な関係ながらも、一瞬だけでも楽しみを分かち合う。それが幸せなのだと。

このラストシーンを見て、既に亡くなった父方の祖母を思い出した。いつの事だったかは定かでないが、両親と祖母でどこかに遊びに行ったときの事だ。車中、祖母がなにか冗談を言った。両親が笑った。私も笑った。別に話が面白かった訳じゃない。ただのお追従である。しかし、私はいま一瞬にして過ぎ去ったこの時が、なにかとても大事なものであった様に思えて、哀しくなったのである。人生の中でそういう場面に立ち会うことがしばしばある。あまり仲良くないクラスメイトと遊びに行ったとき、或いはいけ好かない同僚たちと飲みに出たとき、ふとした瞬間、腹の底はともかく、他人のやさしさに触れる事がある。そういうのを幸せだとは言わないまでも、そんなに悪いもんじゃなかったかな、と思えるようにしてくれる、というか、そういうものを大事にしなさいよ、人間死を間際にした時に振り返って、本当に幸せだったと思えるのは、そういうものなんじゃないの。とでもいう映画だった。捉えようによっては酷く無惨なお話しではある。

あまり光源のない薄暗い室内で感度の高いフィルムを使って撮影しているためか、ザラついた画面に、赤い壁紙、白い服を着た女たちの動きや所作が良く映えている。撮影のスヴェン・ニクヴィストは本作でアカデミー撮影賞を受賞している。

 


カクヨム連載小説『残菊は彼岸に散った』第2話を公開しました。

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小説投稿サイト「カクヨム」にて『残菊は彼岸に散った』の第2話を公開いたしました。

第2話「赤い腕章」

『甲府事件』と呼ばれるに至る、御嶽昇仙峡「濱田屋」襲撃事件は『非常時残菊之会』体制を揺るがせた。
間宮誠一郎は中山喜三郎と通じて特高警察を呼び込んだ事件の首謀者として仕立てあげられ、会議によって彼の所属する特殊機関『赤い腕章』を取り仕切る大幹部の一人、マダム・アルメイダが間宮の暗殺に乗り出した。
一方で、事件が自身のでっち上げである事を何としても隠したい内藤七五三之助も、逃走を図った間宮の捜索と暗殺のため動き始めていた。間宮誠一郎は同じ組織の中でまったく別の二つの勢力から命を狙われる事になったのである。果たして間宮はどこに消えたのか。放たれた暗殺者たちをどう切り抜けるのか。ご注目ください。